甘口辛口

東条英機の孫娘

2006/8/16(水) 午後 0:24
今年も東条英機の孫娘がTVに出演して、戦争体験者の「心の傷」に塩をなすりつけるような発言を繰り返していた。年々、彼女を出演させるTV局は増え、「東条の孫娘」に感想を語らせることは、終戦番組の呼び物の一つになっているらしい。

幼い孫娘は知らなかっただろうが、東条英機が全盛を誇った太平洋戦争の初期においてすら、東条一家はあまり好感をもって国民に迎えられていなかった。よく知られているように、東条首相は市民生活を視察すると称して住宅地区に入り込み、新聞記者のフラッシュを浴びながらゴミ箱をあけて回った。これは彼がいかに小人物だったかを示す挿話として語り告がれてきたけれども、当時の国民の受け取り方はそれとは違っていた。

その頃、ゴミ箱は各家庭が自費で作って門前に置いていたから、家の延長部分のようなものだった。そのゴミ箱の蓋を開けて中を調べられることは、一家にとって個人のプライバシーを侵害されるように思われたのである。

東条首相が重箱の隅をつつくようなことをするといって嫌われる一方で、首相夫人も出しゃばり女として嫌われていた。

歴代の首相夫人が新聞雑誌に顔を出すことはほとんど無かった時代に、東条夫人は頻繁にマスコミに顔を出し、軍国に生まれた女の心構えを説いたり、戦時下の国民の生き方について教訓を垂れたのだ。そのため東条勝子の名前と顔は、夫の地位を鼻にかけて説教がましいことを口にするイヤな女として国民の脳裏に焼き付くことになった。

戦争体験者の頭には、こうした記憶がいまも残っているから、東条の孫娘がいくつものTV局をハシゴして「大東亜戦争は自衛戦争だった」などと語るのを聞くと、虫酸が走るような思いをするのだ。彼女は祖父がどれだけの被害を国民に与えたか知らないような顔をして、戦後に東条家がこうむった被害について語る。彼女は、母の東条勝子が中傷や非難を浴びたことに激しい怒りを示すのだが、もし東条家が不当な迫害によって孤立していたというなら、東条英機の息子が某大企業の社長になった事実をどう説明するだろうか。

戦後に東条家が非難・中傷を浴びたことは想像に難くないし、その点については誰も同情を惜しむものではない。だが、その一方で東条家に好意を示す勢力もあり、だから一家は飢えることもなく、息子はサラリーマンとしてトップまで登り詰めることもできたのだ。

孫娘がTV局をハシゴして強調するのは、日本にはA級戦犯なるものが存在しないということなのだ。過去の国会でA級戦犯の免責を議決したことがあるから、法律上、日本にはA級戦犯が存在しないことになった、というのである。

問題のその国会決議がどんなものか分からないけれども、国会がそう決めたからといって戦争犯罪という事実が消えてしまうだろうか。東条英機・板垣征四郎以下の軍部がアジア諸国を侵略した戦争犯罪者であることは全世界の認める事実なのだ。侵略国側の国会が、戦犯に有利な議決をしたとしても、戦争犯罪という事実そのものは消えはしない。

相手を殴って喧嘩をはじめた男が、後になって相手に向かって「あれは、なかったことにしてくれ」と和解を申し出たとしても、相手を殴ったという事実は消えないのである。まして殴った側の家族が、あれはやむを得ない行為だったから、あなたに責任はないよと保証してくれたとしても、そんなことは当人を免責する根拠になりはしないのだ。

孫娘が敬愛していた祖父を弁護したくなる気持ちは分からないではない。だが、あまり身勝手な理屈をこねまわすことは、ほどほどにして欲しい。東条英機については沈黙を守るというのが、東条家の家訓だとも聞いているのだ。