甘口辛口

密室としての日本(2)

2006/9/17(日) 午前 8:05
(3)偏狭な社会による排除の論理

オウムに対する市民の怒りが、サリンによる無差別殺人というような極悪非道の悪行に向かわないで、むしろマスコミが報じる幹部・一般信者たちの市民道徳無視という側面に向かっていると、Kさんは指摘しています。

Gさんが、成長期の子供に一汁一菜を強要しておいて自分たちだけたらふく食っていたという幹部たちに怒りを覚えるのも、同じ文脈からですね。同感ですが、ここで思い出すのは、比叡山の僧兵たちの乱暴狼藉です。仏法を守るべき僧たちが、山をかけ下って京都の町に乱入し、やりたい放題のことをして暴れ回る。オウムも同じようなことをして施設周辺の村民の怒りを買っていたようです。

しかし、だからといって、オウムの信者がすべてそうだった訳ではない。僧兵たちが勝手気ままなことをしているとき、法然・親鸞・道元というような鎌倉仏教の開祖たちは、比叡山の山中で黙々と修行に励んでいました。これと同じように、上九ー色村の教団施設の中で真面目に修行している男女もいたはずだと思うのですよ。

今日の朝日新聞に山折哲雄が「内面に宗教を意識していない人が、宗教現象を追尋する怖さ」について書いていました。同氏のところに取材にくるマスコミ関係者に質問してみたら、全員が「無宗教です」と答えたというのですね。だから、彼らはオウムについて取り上げるときに、問題のその内面的な部分を捨象してしまって「宗教を社会現象として(のみ)扱ってしまう」。その結果、狭量な社会意識による排除の論理が働いて、みんなでオウムを閉め出すことになるのだと山折は説いています。全く、その通りだと思いましたね。

マスコミ報道は、たくさんのオウム・オタクを生み出しはしたが、宗教について真剣に考えてみようとする風潮を最後まで生み出すことがなかった。現世利益中心の生活規範が日々増殖していること、社会全体がとめどもなく世俗化していること、そして、これにブレーキをかけるには、まっとうな宗教意識を養うしかないのではないかという事実、・・・マスコミ報道はこうした事実への反省を遂に生み出すことがなかったのです。

こんなふうに書くと、「お前は宗教オタクだ」と言われかねないけれども、回りを見回して、自分には逆立ちしても真似が出来ないなと思わせるような「善行」を実践しているのは、信仰を持っている人に多いのだから仕方がありません。PTAで知り合った人に、見ず知らずの孤児を引き取って高校に通わせている会員がいました。この人は、「よくやりますね」と話しかけるほかのPTA会員に、「自分のためにしたことは何も残りませんからね」と笑って答えていました。

十数年、ある団体で奉仕活動をつずけている老婦人が会報に書いているのを読んだら、「宝を天に積め」という聖書の言葉を念じながら行動していると書いてありました。一文にもならない活動を根気ずよくつづけるには、やはり宗教の支えが必要なんだなと思いましたよ。

こういう人たちは自分のやっていることを宣伝しません。しかし回りの人間を確実に感化して、人間性への信頼というようなものを喚起してくれています。宣伝しないから、人を感化するのですね。その点、宣伝に熱心な新宗教を信用する気にななれません。

(4)パラレルな視点で

I さんのご意見に賛成ですね、全面的に。
今度のオウム事件は、おそらく戦後の三大社会的事件の一つに数えられるでしょうから、日本国民がこの報道に熱中するのも当然といえます。しかし、その場合、日本人が自身の生きざまを棚に上げて、オウム信徒を馬鹿だのちょんだのと酷評するのはどんなものでしょうか。外字新聞はオウム報道に血道を上げるマスコミを眺めて、「ニホンジンの暗いエンタテインメント」と評しているそうです。

われわれは、オウムの信者を向こう側において、彼らを何とかして「善導」しようとしています。あたかも彼らが心を病んだ病人であり、治療を必要とするクライアントであるかのように。

Sさんが言われるように、こうした自分を高いところにおいた姿勢からは何も生まれません。オウムの信者からすれば、心を病んでいるのは我々の方なのですからね。このボードでも指摘されているように、あちらがヘッドギアを被せられているとしたら、こちらは体制側により拘束衣を着せられているのですから。

オウム信者は確かにいかがわしい教祖に引っかかってしまった。
でも、それは真実の生き方を求めていたからですよ。彼らの胸中には消費社会の中でぬくぬくといきることに耐えられないものがあったからです。オウムは現代の社会に生きていると、「三悪趣」に落ちてしまうと教えているそうです。三悪趣とは、貪欲、瞋恚、痴愚という三つの悪の世界を意味します。オウムが超越するというのは、この三悪の世界から抜け出ることであって、K先生の言うように人に抜きんでることではないですよ。

I さんは、「オウム信徒は新たな宗教を目指して再出発すべきだ」と説き、Kさんは、それは「新たな依存対象を探す」ことに他ならず、「子供に別のおもちゃを与えるようなものだ」と酷評しています。そして「同じ失敗を何度もする」ようなことは避けるべきだとおっしゃる。

ここでイエスを持ち出すと、大袈裟だと言われるかもしれません。
イエスは最初、予言者ヨハネという激越な反体制主義者の弟子になり布教の手伝いをしていましたが、師匠が逮捕され処刑されるとこの教団を離れて荒野で瞑想して新しく一派を開きました。宗教に関心のある者は、いろいろな教団を巡り歩いて本当に落ち着ける宗派を探し当てるらしいです。彼らを宗教から引き離して現世に復帰させるという労多くして効少ない方法を採るより、心ゆくまで修行させる方が社会にとっても本人にとっても意味があるように思いますね。

それに小生は、心理療法なるものには懐疑的です。
所詮、これは対症療法で、対症療法で十分だという人には向いていても、根本的な問題解決を望む者には物足りないはずです。根本的な治療を欲するなら、やはり、思想とか宗教とかが有効になってくるのではないでしょうか。日本が生んだ輝かしい精神療法「森田療法」も禅宗から出発しています。

小生は、頑固な不眠症の症状を持っています。この拙文を書いているのも、午前三時というありさまです。自身の経験に関する限り、不眠症の治療には心理療法は役に立ちませんでした。有効だったのは、ヒルティーの日記でしたよ。

彼は「不眠は神のたまもの」だというのですね。神経症その他の病気というものを、どうしても直してしまおうとは考えずに、「人の弱さ、その有限性を知らしめるための内なる棘」と考えよと宗教者は言うのですが、小生はこの言葉でかなり救われましたよ。

──パソコン通信からの引用終わり──

昔、自分がパソコン通信に書いたこれらの文章を読み返してみると、「世論の合唱」に反発するのを常としてきた私の悪癖のようなものが感じ取れる(このため私には、「ひねくれ者」というレッテルが貼られて来た)。私は拉致問題以後のマスコミによる北朝鮮報道にも反発し、パソコン通信上でオウムに対すると同様の弁護記事を書いている。成る程、金正日らの指導部は救いようがないかもしれない。だが、小田実などのルポルタージュを読めば、北朝鮮の一般民衆は親切で善意にとみ、現在の日本人が失ってしまったような美点を数多く持っているのだ───

オウム教団を内側から描いたドキュメンタリー映画「A2」の制作者として知られる森達也も、信者たちが世間の想像するような邪悪さや凶暴さを持っていなかったと証言している。森が信者たちに見たのは、一途に信仰に没入人間の持つ不器用さと浮世離れだった。彼らのほとんどは、善良で純朴な人々だったという。この点は森が東京拘置所で接見した幹部信者にも共通しているそうである。

森は、地下鉄サリン事件以後の日本は正義と悪の二元論に落ち込み、異端を頭から排除するようになったと分析して、次のように言っているのだ。

「過剰な免疫システムは、異物を排除する過程で、いつかは自らも破壊する。つまり僕たちは、オウムを憎むことで少しずつオウム化しつつある。オウム事件以降、他者への寛容さを失った日本は、そのまま9・11以降の米国に重複し、拉致問題で北朝鮮への憎悪と排斥感情をむきだしにする現在へと直結する」

潜伏中のオウム幹部が次々に逮捕された10年前、幹部一人一人についてなぜオウムに入信したのか、その理由が詮索された。高学歴で前途有望な人物が多く、しかも入信以前の彼らの評判はいたってよかったからだ。彼らは医学や科学の専門家だったが、その実、内面で「魂の飢え」のようなものを感じており、物質優先の社会に失望していたのである。彼らは、一様に人々の役に立ちたいという善意に燃えてもいた。

いずれも高学歴だった幹部の中で、一人だけ高卒の学歴しか持たない年少の幹部がいた。井上嘉浩というこの若者は麻原教祖から最も寵愛され、教団内では織田信長における森蘭丸のような存在だった。

麻原が精神に異常を来し法廷でぶつぶつ独り言をいうようになったのは、信頼していた井上が法廷で教祖を裏切る証言をしたからだといわれている。自らの超能力に自負の念を抱いていた教祖は、井上を意のままに動かし得ると思いこんでいたこともあって、相手が目の前で裏切るのを見たときのショックは大きく、再び立ち直ることが出来なかったのだ。

その井上嘉浩は、以前は純粋な気持ちで麻原に帰依していたのだった。高校時代の級友らはいい大学に合格し、いい会社に入るための受験勉強に熱中していたが、彼はどうしてもそういう気持ちになれなかった。人はこんな事のために生まれてきたのだろうか、もっと本質的な生き方が有るのではないか、そう思って磁石に吸い付けられるように彼は麻原に引きつけられて行ったのだ。
                   
だが、人々の役に立ちたい、自分もろとも人類を救済したいという善意に燃えていた幹部信者が、なぜ、麻原の指示に従って残虐なテロに手を染めたのだろうか。麻原は、衆議院選挙に立候補して惨敗してから、社会に敵意をもつようになり、終末論に傾斜していったといわれる。彼らは、何故そんな教祖の意のままに動いたのだろうか。

原因は、オウム教団の密室構造にあったのではないかと思うのである。
(つづく)