甘口辛口

「あしたのジョー」に明日はない(その1)

2007/4/18(水) 午後 6:39

先日、NHKのBS2で「あしたのジョー」の特集を行っていたので、5夜にわたるこの番組を面白く見終えた。全共闘の学生たちが「あしたのジョー」に熱狂していた頃、私もTVでちょいちょいこれを覗いて、ストーリーの概略を頭に入れているつもりだったが、今回放映されたダイジェスト版を視聴して自分の知識が穴だらけであることに気づいた。

例えば、ジョーのライバル力石徹が水を求めて彷徨する場面がある。
骸骨のようにやせ細った力石が水道の水を飲もうとすると、蛇口は幾重にも巻き付けた針金で封印されている。私は、この場面を見て、体重を落とすために絶食を始めた彼が、自分の手でそうしておいたのだと思っていた。しかし、水道の蛇口を封印したのは、力石ではなくパトロンの令嬢・白木葉子だった。昔の私は飛び飛びにしかTVを見ていなかったから、いたるところでこうした誤解を重ねていたのである。

私は、部分部分で誤解していただけでなく、「あしたのジョー」がなぜあれほどの空前の人気を呼んだのかという理由についても、理解していなかった。私はこの物語を、矢吹丈という天涯孤独な若者が、「巨人の星」の主人公と同じように、クロスカウンターなどの秘技を体得してボクシングの世界で成功して行くサクセスストーリーだと思っていたのだ。

そして私は、学生たちが熱狂するのは、原作者がこのサクセスストーリーの主人公にちょっとした仕掛けを施し、矢吹丈にニヒリストの面影を持たせたからではないかと思っていた。ジョーは戦うこと自体を求めてリングに立ち、名誉も富も眼中になかった。異性の愛すら拒んで戦い続ける矢吹丈のタフなところが、反体制の行動に傾斜しはじめた当時の学生たちの共感を呼んだのではないか──と、まあこんなふうに考えていたのである。

学生たちが、矢吹丈のように「あした」を目指して戦うことを決意したことは確かだった。「よど号」を乗っ取って北朝鮮に亡命したメンバーも、その声明に、「我々は<あしたのジョー>のように明日のために戦う」と記している。

しかし、ダイジェスト版を通して見ているうちに、原作者は既製の劇画的ストーリーを否定するために、こうした筋立ての物語を作ったのではないかと気づいたのだ。

この五夜にわたる番組には、「あしたのジョー」を愛する何人ものコメンテーターが出席して、矢吹丈にとっての明日とは何かという問題を論じあっていた。だが、作者は矢吹丈には明日がないから、「あしたのジョー」という皮肉なタイトルを付けたのではないか。矢吹丈は、戦うために戦いつづけている。何の得るところもなく、未来への何の見通しもなく、ただ破滅するためにのみ戦い続けている。だから、矢吹丈には明日はないのである。

原作者の梶原一騎は、通俗路線に乗っていくつもの作品を書いてきた。主人公は明るい未来を目指して努力し、その努力はちゃんと最後に報われる。様々な問題を抱えた登場人物も、最終的に落ち着くべき所に落ち着き、勝者と敗者に分かれる。彼は作品の中軸に勧善懲悪の原則の貫徹した作品を書いてきたのである。

梶原一騎はこういうストーリーに飽きてきて、これまでとは別の物語を作ろうと考えたのだ。彼は、ペンネームも本名に近い高森朝雄に変えて、通俗路線を超える「あしたのジョー」を構想する。

矢吹丈は、「巨人の星」の星飛雄馬が優等生型の少年だったのに対し、悪ガキ型の不良少年として設定されている。この番組に出席したコメンテーターの一人によれば、矢吹丈は肉親もいなければ友人も恋人もいない天涯孤独な浮浪児として登場するけれども、何も持っていない彼も唯一自由だけは持っているという。このコメンテーターは、ジョーがこの自由を守るために全力をあげて戦うと、解説する。彼は戦いの武器としてピストルやナイフを使わない。持って生まれた拳ひとつで戦うのである。

こういうふうに解説されると、成る程と思う。けれども、ジョーが自由のために戦うといっても、これまで描かれてきた自由の闘士たちのように、親や教師という身近な圧制者と戦うわけでもなければ、政財界の巨悪と戦うわけでもない。彼はボクシングの世界に入り、力石徹というライバルと死闘を演じ、その後、世界の名だたるチャンピオンに捨て身の戦いを挑むだけなのだ。

矢吹丈のライバルになる力石徹の方が、人間として遙かに完成した存在に描かれている。彼は弱い者いじめをしない。試合に臨んでもフェアな態度をとり続けるから、対戦相手からも尊敬される。パトロンの白木令嬢に対してイギリスの紳士のように振る舞い、かりそめにも愛慕の表情を見たりしない。

主人公の矢吹丈が大人になることを拒否しているだだっ子で、薄っぺらなお調子者であるのに反し、副主人公の力石徹の方は誰もが一目置く誠実な男なのである。この主客を転倒した人物配置も、作者が計算して作り出したものなのだ。

だが、矢吹丈には力石徹よりもすぐれているところが、一つだけあるのである。
(つづく)