甘口辛口

女子高生の手記(その3)

2007/6/2(土) 午後 0:13
生徒に手記を書いてもらうのは、互いに体験を出し合って議論を深めるためだから、典型的な手記を選んで授業で読み上げることになる。ところが、提出された手記には、「教室では読まないで」という注釈をつけたものが時々混じっているのだ。その多くは家庭の内情に関係したものだが、次に引用する注釈付きの手記は、かなり趣きが異っており、社会的な観点からしても多くの問題を含んでいると思われる。それで、事実関係を適度に修正した上でここに紹介することにした。
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            「人を信じること」

中学三年も、あと半年で終わろうとする頃でした。9月の末に、女子生徒が転校してきたのです。私たちのクラスは、三年間人員に変動がなかったので、初めて迎える転校生に皆好奇の目を向けました。でも、卒業間近に、しかも学期の途中で転校してくるのは、ちょっと変な気もしました。

クラスの女子のなかには、彼女に接近して親しくなるものもいます。けれど、私は席が遠かったこともあり、ほとんど口をきくこともありませんでした。

ある日、昼休みに用事があって保健室に行きました。すると、そこのベットに彼女が寝ているだけで、保険の先生はいません。彼女は体が弱く、その日も昼食をろくに食べず、腹痛のため保健室に来ていたのでした。見れば、彼女は布団の中で一人で泣いているのでした。私は思わず、「大事にね」と声をかけました。

次の日、彼女の方から話しかけてきました。そして、ずいぶん色々なことを打ち明けてくれました。

彼女は、遠い**で生まれ、そこでずっと育ったのでした。しかし、お父さんが事故で亡くなったので、親戚を頼って信州にやってきたのだそうです。お父さんの補償金をめぐって大人たちの醜い争いがあり、お母さんは結局補償金を貰えずに、5人もの子供を抱えて自活しなければならなくなったというのです。

私は彼女に、「卒業を控えて、どうして転校してきたのか」と尋ねてしまいました。彼女はこの学校に来る前に、すでに信州の別の中学に在学していて、そこからこっちに転校して来たからです。彼女が急に黙ってしまったのを見て、いけないことを質問したと後悔しました。

それから卒業するまでにいろいろなことがありました。クラスで、二度までも盗難事件が起きました。二つとも、盗られたのは100円前後の少額だったために、あまり大きな問題にならなかったのですが、それとは別に私がうけた被害の方は大きく、担任の先生に相談しなければなりませんでした。生徒会の役員をしていた私は、生徒会のお金を5000円ほど預かっていて、それがなくなってしまったのです。この件は、先生が心配して処理してくださったので、あまり評判にならずにすみました。

盗難事件について知っている少数のクラスメートも、担任を始め職員室の先生方も、彼女が犯人ではないかと疑っていました。彼女が来るまでは、クラスにそんな事件が一度も起きなかったのに、彼女が転校してきてから事件が立て続けに起きたのです。

でも、私は半信半疑でした。あれ以来、彼女は私の後を腰巾着のようにくっついて歩くようになり、クラブまで同じになったのです。そして、彼女が私に何でも打ち明けて、助言を求める点も以前と変わりありません。自分からいうのも変ですが、彼女は私を姉のように慕ってくれていたのです。

卒業の日が来ると、彼女は一緒に写真を撮ろうと庭に誘い出し、私に一通の手紙を手渡しました。手紙には、私への感謝の言葉が一面に書き連ねてありました。その感謝の言葉の中には、こんな言葉も混じっていました。

「みんなは私を疑っていたのに、ほんとうに私を信じてくれたのは、あなただけでした」
その一節を読んで、私は何となくうれしくなりました。半信半疑でいたけれど、いわれてみれば、わずかでも彼女を信じていたのは私一人だったかもしれないのです。私は、彼女のさびしい心に入り込めたような気がしてうれしかった。私はその手紙を読んでから、誰がなんといっても彼女を信じることに決めたのでした。

彼女は中学を卒業すると就職し、私は高校に進みました。卒業後、彼女から三通ほど手紙が届き、私も欠かさず返事を出していましたが、その後、私が何度手紙を出しても、返事が来ないようになりました。

夏休みが終わり、二学期になって、私は中学時代の友人から意外な話を耳にしました。彼女が勤め先の店から、お金を持ち出して行方不明になったというのです。私は彼女を信じようとしていただけに、どうしようもなくがっくりして、もう、何も考えたくなくなりました。

それに追い打ちをかけるように、中学時代のルーム長が彼女の転校に絡まる話を教えてくれました。彼は担任の先生から、彼女が前の中学校でも盗みをはたらいていたことを知らされていたそうです。彼女がへんな時期に転校してきたのもそのためだというのです。

担任もルーム長も、彼女に盗癖があることを知りながら、私には黙っていたのでした。彼女と私が姉妹のように絶えず行動をともにしているのを知っていながら、私に何も言ってくれなかった。私がそれほど信頼できない生徒だと彼らに思われていたとしたら、無念なことです。

ルーム長が担任の先生から聞いた話では、彼女のお母さんも盗癖があるそうです。お母さんは、生きるために子供たちに盗みを命じていたのではないでしょうか。としたら、彼女に罪はありません。

彼女のことを考えると、高校二年になった今でも混乱してしまうのです。彼女の手紙を読み返しても、打ち明け話をするときの彼女の表情や声を思い出しても、彼女は全く普通の少女であり、盗癖のある二重人格者だとはとても思えません。私の目には、彼女はただ不幸な少女だとしか映らないのです。私はバカなのでしょうか。人を信じるとは、どういうことでしょうか。