甘口辛口

女子高生の手記(その4)

2007/6/2(土) 午前 11:44
高校生の段階では、まだ宗教についてほとんど関心がない。ある生徒は、有名な某宗教団体の集会に集まる信者たちを見て、「なんて可哀想な人たちだろう」と思ったと書いている。だが、身近な友人や肉親に死なれてみると、考え方が変わってくる。ここでは、二つの手記を紹介する。

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             「人の生と死」

中学の時の同級生が亡くなって、私は人間の生と死について考えるようになった。

人間は死ぬために、ただ無意味に生きているような気がする。さっきまでここにいた人が今はもういない。それが運命なのさといってしまえば、それまでかもしれない。では、その運命とは何だろうか。

結局、人間は誰かが作ったプログラム通りに、死というフィナーレに達するまで人形のように動かされているにすぎないのではなかろうか。

今、私は高校二年生、だから多分後一年で卒業になるだろう。そして、ある年齢になればお嫁に行くだろう。そして、あと何十年かを自分以外の人のために尽くして、人生を終わってしまうのではなかろうか。自分が本当に自由に過ごせる時なんて、たかがしれている。これからの人生は、自分の意志でというよりも、社会や時の流れに流されて過ごすことになるのだ。

人間は、なにかもっと人間以上に大きくすぐれた無限の力を持ったものにあやつられているんではないだろうか。

人生の半分は希望で、半分はあきらめで成り立っているのではないか。

私は、同級生の死によって、今まで見つめたことのないものを、じっと見つめてきたような気がする。




              「修練会に参加して」

母の実家で暮らしている祖母は、「R 会」という新興宗教に加入して、とても熱心に信仰していた。そのため、宗教に関心のなかった私の父母も、「宗教団体に加盟しても、別に悪いこともないから」という消極的な理由で、その宗教に加入するようになった。でも、私の家は祖母の家とは違って「新家」で、仏様がまだないため信仰に積極的にはなれず、月に一度の会費を納めるだけだった。

祖母は家にいるとき、旅に出たとき・・・・、どこへ行っても、朝と夕方に先祖の供養をする。それを長年の間、欠かしたことがなかった。朝は30分くらいで終わるのだけれど、夕方のは馬鹿馬鹿しいほど長い。

いつだったか私は祖母に、どうしてそんなことをするのか質問したことがある。すると、祖母は、「こうすれば、ご先祖さまがよろこばれる。ご先祖がよろこんでくれれば、ちゃんと私たちを守ってくださるのだ・・・・」などと現実離れしたことをいう。

私は一応、「ふーん」と分かったような顔をしていたが、心の中では、「死んだ人間がよろこぶはずはないじゃないか。年をとると、みんな、こんなふうに呆けてくるのかな。ああ、いやだ」と思った。

私が高校生になった去年の夏、祖母から、「伊豆のある山で、青年たちの二泊三日の修行がある。お前も、夏休みを利用して参加してみないか」と勧められた。こっちは「青年」というにはまだ若すぎるし、修練会などバカらしいと思ったけれど、伊豆へは行ったことがないし、休み中することもなかったので、何となくOKした。

でも、理由はそれだけではなかった。
親戚の者は誰一人として信仰に関心を払っていないのに、それでも独り黙々と信仰に打ち込んでいる祖母が気の毒になったのだ。私は修行に行ったところで、信者になる気はない。だが、伊豆に行けば祖母を喜ばせてあげられると思ったのだ。

私が修行に行く気になったことは、祖母を大変よろこばせた。祖母は私の家にやってきて、泊まり込みで旅行の準備をしてくれた。そして、これが祖母にとって私の家への最後の訪問になったのである。

伊豆に着いて、いよいよ修行が始まった。全国から集まった男女は数千人もいた。山の中に驚くほど大きな拝殿があり、ホテルのような宿舎があった。いたるところに、人、人、人。見るものすべてが、驚くことばかりだった。

第一日目=数珠を持ち、手を合わせて題目を唱える。そして長々と経巻を読んでいると、なんだか、おかしいやら、恥ずかしいやら。早く終わってくれないかと考えていた。

第二日目=昨日より少しは慣れたのか、手を合わせても、題目を唱えても、さほど気にならなくなった。そして、理由は分からないけれど、自分の心がいやに落ち着いてくるのが分かった。色々な人の話を聞く。これもなんだかわからないけれど、今までバカにしてきたことが、実は大事なことかもしれないぞという気がしてきた。

第三日目=今までの自分が恥ずかしくてたまらなくなってきた。利己主義、親不孝・・・・。静かに目を閉じ、手を合わせて題目を唱えているうちに、、なぜかしら涙が出てきて止まらなくなった。不思議だった。新しい自分が生まれてきたような気がした。修行に来て本当によかったと思い、家に帰ったら三日間の体験を一番先に祖母に告げたいと思った。

帰りのバスの中で、私は祖母と二人で信仰の道を歩んで行こうと決心した。しかし信仰についての考え方は180度変わったけれども、その本質についてはまだ分からなかった。「分かるまで修行せよ」といわれてきた。

家に帰って落ち着くまもなく、祖母が倒れたという知らせが飛び込んできた。私が出発するとき、あんなに元気で見送ってくれたのに、祖母は私の報告を聞く間もなく、あの世に旅立ってしまったのだ。・・・どうして?・・・

でも、祖母はきっと、どこかで私を見てくれていると思う。お題目を唱え、お経をあげていると、祖母の顔が浮かんでくる。祖母は私にバトンを渡して、旅立って行ったのだ。