甘口辛口

耕治人の妻(その1)

2007/6/8(金) 午後 7:00

(写真:耕治人全集から)


耕治人(こう・はると)という作家がいることは昔から知っていたが、その作品を読んだことはなかった。だから、もちろん、その人となりのようなものも全く知らなかった。多くの人にとっても、「命終三部作」と呼ばれる三作品が発表されるまでは、彼は無名に近い存在であり、戦前戦後の文壇にあって彼はこれ以上ないと思われるほど地味な作家だったのだ。

その耕治人が、昭和60年代に入ってから、「天井から降る哀しい音」「どんなご縁で」「そうかもしれない」という三作品によって注目され、多くの批評家から激賞されることになる。

しかし、この「命終三部作」と呼ばれる作品は、いずれも発行部数が多いとは言えない文芸雑誌に掲載されたから、私は新聞の文芸時評に紹介されている簡単な記事によって、その内容を推察するしか方法はなかった。それによると、この三つはいずれも老人痴呆症になった妻を看護する老作家を主人公にした作品らしかった。

「天井から降る哀しい音」は、すっかり頭の呆けた妻が台所で調理の鍋をガス台にかけたまま放置して置くので、天井に取り付けた警報器が哀しい音をたてて鳴り続けるという話らしかった。「どんなご縁で」は、その妻がしばしば失禁するようになり、耕治人がその始末をしてやると、最早、夫を夫として認識できなくなった妻が、「どんなご縁で、あなたにこんなことを」と礼を言う話を扱った作品であり、「そうかもしれない」は、やがて耕治人自身がガンで入院するようになったとき、看護人に連れられて見舞いにやって来た妻が、「あの方がご主人ですよ」と注意されて、「そうかもしれない」とつぶやく話をもとにした作品だということだった。

この三作品で有名になった耕治人は、妻に先んじて昭和63年のはじめに亡くなっている。彼が亡くなってから十ヶ月後の昭和63年10月に、NHKテレビが晩年の耕治人夫妻を描いた、「ある老作家夫婦の愛と死」という番組を放映した。私はこれを見たあとで、改めて耕治人の作品を読みたいと思ったけれども、彼の本を手に入れることはできなかった。当時、どこの書店にも彼の作品集は売られていなかったからだ。

インターネットを利用して古本を購入するようになってから、これを利用すれば彼の作品を手に入れられるかもしれないと、最近になってふと思いついた。それで、目録を調べてみると、ちゃんと耕治人全集(晶文社)が売りに出ている。

早速発注してみた。届いた全集は、造本も装丁も実に見事で、これが7巻合わせて1万5000円とは信じられないほどだった(原価は一冊4,800円)。おまけに、上質の用紙に大きな活字で印刷された紙面は読みやすく、長時間本に向かっていても全然眼が疲れない。早速、第四巻に掲載されている「命終三部作」を読んだ。

その内容を紹介する前に、まず、耕治人夫妻が結婚する前後の事情から見て行きたい。

耕治人は肉親のすべて(両親、二人の兄、妹)を結核で失ったあと、「主婦の友」社に勤務しながら独身生活を送っていた。この雑誌社の勤務は過酷を極めていたので、彼も間もなく結核の初期症状である肋膜炎になって、長期間欠勤することになる。この時、上司の命を受けて見舞いに来たのが、同じ雑誌社に勤める腰山ヨシだった。昭和7年、耕治人が26歳のときのことだった。

耕治人は腰山ヨシとの関係をつづった「結婚」という作品に、後に妻になるヨシのことをこう書いている。

<広子(ヨシのこと)は自分の好きな型ではない。年も自分とひとつより違わない。>

耕治人は彼女の見舞いを受ける前、編集室で広子を、「なんというわざとらしい女だろう」と嘲笑をうかべて眺めていたのである。彼女は月給を130円取っている。昭和7年という不況時代には、女性としては珍しいほど高給取りだったが、それも広子が仕事の出来る女だったからだった。広子には親兄弟の面倒を見ているという話や、深い関係の男がいるというゴシップがあった。それもこれも、すべて彼女が仕事をてきぱきこなす有能な女だったから生まれたうわさ話だった。

再び雑誌社に出勤するようになった耕治人は、憑かれたように広子を追い求め始める。だが、彼女は一生独身で過ごす覚悟を決めていて、誰とも結婚する気はなかった。その頃、彼女は雑誌社を辞めて大学に入学する計画を進めているところだったのである。

<自分は広子を好きでないと考えながら、広子を求めるのに狂気のようになっていた。>
そして、広子を無理に鎌倉の安っぽいホテルに誘い出し、彼女が入浴しているところを盗み見たりした。

<肉の落ちた、魅力のない、色の褪せた広子の背中を瞬間見た。>

次に、彼は広子を沼津に近い漁夫の家に誘った。この家は学生時代から彼がよく泊まりに来たなじみの場所で、彼はここで数日間広子と過ごして行くところまで行ってしまう計画だった。だが、肝心のところで、耕治人の男性が機能せずに計画は失敗に終わる。

そして最後に下宿に呼び寄せて、ようやく二人は男女の関係になるのだが、社内の噂に反して広子は処女だった。

耕治人は、結婚してから広子が噂とは全く異なる女であることを知る。彼女は外に現れているところとは逆な女だった。「結婚」という作品は、「自分は広子は好きではなかった。しかし、嫌悪こそ真の恋の姿ではあるまいか」という奇妙な言葉で終わっている。
(つづく)