甘口辛口

映画「ニュールンベルク軍事裁判」

2007/8/20(月) 午後 0:41

 (写真は、ヘルマン・ゲーリング)

「ニュールンベルク裁判」については、丸山真男の論文でその片鱗を知っていただけだったが、先日、撮り溜めてあったビデオテープを調べていたら、アメリカとカナダの合作映画「ニュールンベルク軍事裁判所」というのがあった。視聴してみる。

前編と後編に分かれたこの長大な映画の主役は、主席検事のジャクソンと被告のヘルマン・ゲーリングで、ほかに多数の登場人物が出てくる。だから、これは「群衆劇」映画と呼んでもいいかもしれない。だが、数ある登場人物のうち、圧倒的な存在感を見せているのは何といっても戦争犯罪人第一号のゲーリングだった。丸山真男は、東条英機と比較してゲーリングのスケールの大きさを指摘していたが、その言葉にウソはなかったのである。

ニュールンベルクの刑務所には、21名の戦犯が集められ、食事時になると全員が同じ食堂に集まることになっていた。食事中に戦犯の一人がゲーリングのところにやってきて、裁かるべきはヒトラー一人だったはずだと訴えると、ゲーリングは相手の言葉を突っぱねるのだ。

そして立ち上がって、被告の全員にむかって、「諸君はナチスの非を認める心算か。われわれは間違ったことを何もしていないのだぞ」とアジ演説をはじめる。すると、被告達は、食器でテーブルを打ち鳴らして一斉に賛意を表するのである。ヒトラーから、「第一後継者」に指名されていたゲーリングは、獄中にあっても依然としてリーダーの地位を失わなかったのだ。

危険を感じた裁判所は、ゲーリングを他の戦犯から引き離して隔離する。だが、ゲーリングが真価を発揮したのは、裁判が始まってからだった。

公判がはじまり、尋問を受けるために証人席に座ったゲーリングは、主席検事の厳しい追及を浴びながら、平然としている。そして、落ち着き払って、勝者が敗者を裁く裁判の不当性を非難する。そして、検事の論告をすべてについて論破して行くのである。受け身になった検事は、裁判長に向かって、ゲーリングの長広舌を制止するように訴えるが、裁判長はその訴えを却下する。

こうして主席検事とゲーリングの対決はゲーリングの勝利のうちに終わり、被告達は被告席に戻ってくるゲーリングを席を打ち鳴らして歓迎するのである。自信を失った主席検事は、辞職することを決意したりする。

これは公判の場面ではなかったけれども、ゲーリングがユダヤ人迫害を正当化する場面で日本を引き合いに出していたので、それをここに紹介しておこう。

アメリカ人はナチスがユダヤ人を蔑視したというが、そのアメリカ人だって日本人を蔑視しているではないかと、ゲーリングはいうのである。アメリカ人が日本に原爆を落としたのは、日本人が黄色人種だったからだ。ドイツの降伏する以前に原爆が出来ていたとしても、アメリカ政府はドイツ人に向かって原爆を使用することはなかったはずだ。

それにアメリカは、戦争中に強制収容所を作ってアメリカ国籍を持つ日本人を収容した。だが、アメリカ政府はアメリカ国籍を持つドイツ人やイタリア人を収容所に入れることはなかった。これは明らかに、人種差別ではないか。

こういう調子でゲーリングに反駁されたから、検事も太刀打ちできなかったのだ。映画は伝統的な手法に従って、先ず主役の検事を窮地に立たせ、それから反撃に転じさせる。映画の後半は、主席検事が、徐々に守勢から攻勢に転じて行くところを描いて行くのである。

検事は理論闘争を避けて、証人を次々に証人席に立たせて、ナチスの非道ぶりを告発させる戦術に出る。検事自身も証拠写真や証拠の文書をゲーリングに突きつけて、戦争犯罪への関与を認めさせる。そして、最後にゲーリングや被告達に致命傷を与える証拠として、裁判所内でアウシュビッツをはじめ各地のユダヤ人収容所で撮影された実写フィルムを上映するのである。

この映画にも、その実写フィルムが劇中劇のかたちで取り込まれている。フィルムに残された凄惨な場面を突きつけられて、被告たちは最早返す言葉がなくなる。ゲーリングも、死刑を覚悟する。

私はこの映画を見るまで、ゲーリングはあらかじめ義歯に隠しておいた青酸カリを服用して自殺したと思いこんでいた。ゲーリングの死んだ後、東京裁判の被告や重罪犯罪の被告に対しては、義歯を抜いて中を調べるようになったと聞いていたからだ。

しかし、この映画にはゲーリングが自分付きの監視役将校に純金のライターを与えて手なずける様子が出てくる。死の前日か何かのところでは、彼がその将校に金の懐中時計を与え、「私の青い鞄を持ってきてくれないか」と頼む場面が出て来て、青酸カリは青い鞄の中に隠されていたと暗示している。

それで、私も疑問を感じてインターネットでゲーリングの項目を調べてみたら、次のような記事が出ていた。

                 ・・・・・・

<ニュルンベルク裁判で絞首刑の判決を受けたドイツ国家元帥ヘルマン・ゲーリングは、刑の執行直前に服毒自殺した。その薬をどうやって手に入れたのかは謎だったが、新たな証言が出てきた。

「YOMIURI ON-LINE - 国際 ナチス・ゲーリング服毒自殺「私が渡した」元米兵告白」

 【ロサンゼルス支局】独ナチス政権下で「帝国元帥」だったヘルマン・ゲーリングが連合軍による死刑執行の直前に服毒自殺した事件で、毒物を与えたのは自分だと78歳の元米陸軍兵が名乗り出た。

 米ロサンゼルス・タイムズ紙が7日付で報じた。厳重に監視されていたはずのゲーリングの毒物入手方法は、これまで歴史の謎とされてきた。証言によると、ニュルンベルク裁判の衛兵を務めていたこの元兵士は、街角で出合ったドイツ人女性から2人の男に引き合わされ、「体が弱っているゲーリングの常備薬だ」とカプセルを忍ばせた万年筆を受け取り、これをゲーリングに渡したという。

 その約2週間後の1946年10月15日、ゲーリングは絞首台に送られる約2時間前に服毒自殺した。元兵士は懲罰を恐れてこれまで黙ってきた。すでに時効となっていることを知り告白したという。>

                  ・・・・・・
                  
映画では、ゲーリングの監視役は将校であり、位は米軍少尉だったということになっている。しかし、ロサンゼルス・タイムスの伝える監視役は兵士だったとある。

どうやら、ゲーリング自殺の真相は、いまだに明らかになっていないようである。この映画を見て、東条英機の卑小さを改めて感じさせられた。