甘口辛口

マンガとクラシック音楽(隠居の放談)

2007/9/25(火) 午後 5:38

(勝敗が決まった後の両候補)


<マンガ 対 クラシック音楽>

熊さん─自民党の総裁選で福田康夫が選ばれたんで、ご隠居さんも満足しているんじゃないか?

隠居─福田候補は、麻生太郎よりはましだが、先行きは安心できないよ。彼は冷静沈着で月光仮面のようだといわれている。ところが、そういう人間ほど、実は感情面で破綻しやすいんだ。

熊さん─へえ。福田康夫は、何があっても動揺しないように見えるがねえ。

隠居─問題は、彼のプライドが高すぎることさ。だから、プライドを傷つけられたときの混乱も大きくなるんだ。

熊さん─プライドという点で、麻生太郎はどうなんだい? ご隠居は、彼のことを「受け狙いの芸人タイプ」といっていたが。

隠居─ああ、彼には福田康夫のようなインテリ風のプライドはない。
麻生太郎は身近にいる人間をたらし込む才能にたけていて、「お座敷芸」の達人といわれていた。それが、今度は街頭演説でも才能を発揮し、「お座敷芸」に加えて、「大道芸」の達人にもなった。彼はインテリ式のプライドは持っていないが、自分の芸人的才能については自信満々だね。

熊さん─確かに二人は違っているな。福田は、「ウフフ」と笑うけれど、麻生は、「ガハハ」と笑うからなあ。福田はクラシック音楽が趣味で、麻生はマンガが大好き。万事について派手で大袈裟な麻生の方が、若い者には受けるんだぜ。

隠居─それが彼の狙い目なんだな。麻生は、常識的な大人に反撥する若者世代を味方にしようとしているのさ。だから、街頭演説をするとき、どこに行っても、自分は古い世代から排除されている嫌われ者だとか、旧体制のなかで孤立しているイジメラレッ子だとPRする。そして、街頭で自分はオタクだと宣伝する。党内でも同じだよ。若いタカ派の議員を精一杯おだてて、自分も君らと同じナショナリストだと触れ回る。麻生太郎が、総裁選で善戦して、200票近くも票を集めたのも、若手から支持されたためだよ。

熊さん─麻生は、演説のたびに自分の劣勢を訴えた。福田康夫の方も、自分は元来総裁選に出る気はなかったと無欲なことを盛んに宣伝していたよ。

隠居─二人とも、自分の支持層に合わせたPR戦術を採用したのさ。麻生は若年層の受けを狙って「キャラ」を目立たせようとしたし、福田は逆に大人の好みに合わせて個性を隠し無欲を装った。麻生は「自虐史観」を攻撃してタカ派であることを誇示したけれども、福田は、極端に走らず中道派のポーズをとり続けた。だから、二人の間に火花を散らす論戦が起きなかったんだ。

熊さん─正直にいって、二人の演説はあまり面白くなかったな。

隠居─だいたい、政治家の演説に知性や教養を期待しても無駄なんだ。
旧制中学の生徒だった頃に、学校にいろいろな「有名人」がやってきて講演をしていったが、一番面白くなかったのは軍人と代議士の講演だったよ。ある時、地元選出の衆議院議員がやってきて、時局講演をやった。太平洋戦争を数年後に控えた時代だったから、話は日独伊の三国同盟に関するものだったな。講演の途中で代議士は、壇上に設けられた黒板にチョークで「大政翼賛」と書いた後、その文字を指さして壇上から校長に大きな声で呼びかけた。

熊さん─何といったんだい?

隠居─「校長先生、これで間違っていませんか」と質問したんだ。

熊さん─・・・・?

隠居─つまり議員はわざと卑下して、校長の機嫌を取ろうとしたんだよ。「私は無学だから、文字を正確に書けたかどうか自信がない。ここは尊敬する校長先生の教えを乞うしかありません」とね。代議士は、こんな具合に、折あるごとに地域の選挙民のご機嫌を取り結ばなければならない。演説がつまらなくなるのは当然だね。

熊さん─でも、今は、そんな代議士ばかりじゃないだろう。

隠居─私はこれで80年以上生きてきたが、傾聴に値する政談演説を聴いたのは一度しかないな。羽生三七という参議院議員の講演だよ。

熊さん─それは、また、何時か聞かせてもらうとして、総裁選当日の二人の候補の顔を見たかい。えらく緊張していたじゃないか。うちのカミさんは、あんなに緊張した人の顔を見たことはないと言っていたぜ。

隠居─うん、だが、角福戦争当時の総裁選は、もっとすごかった。あの時は、田中角栄も福田赳夫も、持てる限りの軍資金をばらまいて議員の買収をしたんだ。総裁選は公職選挙法の適用を受けないから、いくら買収してもよかったんだ。そこで両方の陣営から金を貰う議員が続出した。だから、勝敗の帰趨は全く分からなくなった。

熊さん─どっちが勝ったんだい?

隠居─田中角栄が勝ったんだが、この時、開票を待つ二人の顔つきは、この世のものとは思えなかったな。ひん曲がった顔で、相好がすっかり変わってしまっていた。田中角栄が勝利して、立ち上がって一同に頭を下げるときにも、ひん曲がった顔が元に戻らないんだよ。こんな思いまでして、総裁になりたいのかと、気の毒になった。熊さん、変な欲にとりつかれないでいる私たちの方が、幸福かもしれないよ。