甘口辛口

高橋尚子は「掟破り」か

2008/3/13(木) 午後 7:04

<高橋尚子は「掟破り」か>

「週刊新潮」が、「高橋尚子の惨敗は、彼女の掟破りの祟りだ」と書いているということなので、これは捨て置けないと思って雑誌を買いに出かけた。

だが、週刊誌を開いて読んでみても、目新しいことは何も書いてない。すでに周知の事実になっている話にちょっとした味付けを施してあるだけだった。その言わんとするところはこうである──高橋尚子は、小出義雄監督のもとを飛び出して、一方的に独立した、その罰が当たって「大惨敗」したのだ。

名古屋国際女子マラソンが終わったあと、小出義雄監督はあちこちのテレビ局をはしごして、高橋尚子の敗因について解説していた。解説の内容はとにかくとして、彼は相変わらず人なつっこい話し方をしていて、その温かな人柄は十分に視聴者に伝わってきた。彼が監督として成功したのは、こうした人柄が選手たちを引きつけたからだろう。彼は相当酒好きらしく、彼の人当たりの良さは飲んべえに特有の楽天性から来ているとも思われた。

しかしながら、小出監督には、なにかしら不足しているものがあるように感じられるのである。

彼は、高橋尚子が独立を発表するとき、記者会見に同席している。その時の心境を、彼は後にこう語っている。

「いきなり『辞めます』だ
ったからね。情けないよね。
本当に腹立っちやって……。
あの会見だって、最初は出
ないって言ったんだよ。だ
って、なに話せばいいかわ
かんねえから」

小出監督の言葉は、正直といえば正直だが、もっと違った言い方があったはずである。彼がこんなふうなことをつい口にしてしまうのは、計算して動くことが不得手だからなのだ。自分をコントロールする能力に欠け、人間として甘さがあるからなのだ。

「週刊新潮」は、高橋尚子が小出監督の下を飛び出した理由を、消息通の言葉を借りて「SAC所属の選手が22人に増え、小出監督からマンツーマンの指導を受けられなくなったから」と説明している。

だが、高橋尚子が独立したのは、小出監督の人間的な甘さに彼女があきたらなくなったからではなかろうか。彼女は、監督が選手を指導するにあたって、もっと緻密な計画性と、もっと厳しい指導方針が必要だと考えていたのではないか。

小出監督に不満を持っていたのは、高橋だけでなかった。有森裕子も同じ不満を持っていたらしいのである。高橋尚子は小出監督の下に押しかけて入門したが、その点にかけては有森裕子の方が先輩で、有森も当時リクルートの監督をしていた小出のところへやってきて押しかけで弟子入りしたのである。そして、オリンピックの女子マラソンで二期続けてメダルを取るという偉業をなしとげた。

その有森が小出のもとを去って、スポーツイベントを手がけるライツ社を設立し、取締役になったのは小出監督を反面教師としたからだと思われる。高橋尚子も小出監督を反面教師として、「チームQ」を結成した。有森裕子も、高橋尚子もねらいは同じ、小出監督に欠如していた合理的な組織原理による近代的なチームを結成しようと試みたのだ。

──高橋尚子は、今後、どう生きるべきだろうか。

いつか彼女の足の裏を映した映像を見たことがあるけれども、固いはずの足裏の皮膚が何カ所も剥がれていて、まるで破れ雑巾のようになっていた。もう彼女はこんなにしてまで走り続けることを止めるべきなのだ。

彼女は今、「チームQ」を立ち上げたからには、メンバー全員の将来について責任を持たなければならないと考えているかもしれない。としたら、有森裕子にならって、プロランナー第二号になることである。各地で行われるマラソン大会にチームを引き連れて参加する傍ら、要請に応じて各地で開かれる講演会の講師になるのだ。そしてチャンスがあったら、スポーツチームのコーチか監督になって、第二の高橋尚子を育てればいい。しかし聡明な彼女のことだから、すでにこうしたプランを温めていると思う。