甘口辛口

夫婦愛について

2008/5/3(土) 午後 2:52

 (坪内逍遙夫妻)    

<夫婦愛について>

        登場人物  隠居
              ハナ子

ハナ子──「人間臨終図巻」を返しに来ました。うちの熊ときたらご隠居さんに無理を言ってこのご本を借りてきたくせに、5ページも読まないうちに、ぐうぐう寝てしまったんですよ。だから、代わりに私が読みました。

隠居──面白かったかね?

ハナ子──私は女ですからね。下巻の夫婦愛について書いてあるところが面白かった。

隠居──佐分利信の話かい。あれには私も驚いたよ。佐分利信といえば、映画「暖流」で、日疋祐三の役を演じた骨太の男優だからね、それが家を出るとき、帰るとき、夫人と手を取り合って毎日キスしていたというんだから驚く。夫人が亡くなってからは、彼はその骨壺を手元から離さず、自分が死んだら一緒に墓に入れてくれと遺言していたというじゃないか。

ハナ子──佐分利信の話もいいけれど、私は山本権兵衛や坪内逍遙に感心したの。二人とも遊郭にいた遊女を奥さんにしている。けれど、生涯、女郎上がりの奥さんを愛しつづけたのよ。

隠居──坪内逍遙の逸話は有名だが、山本権兵衛の話を知っている者はあまりいないな。山本権兵衛は海軍大将で、二度も首相になった男だが、人間臨終図巻には、こう書いてある。「登喜子は、明治十一年品川遊廓にいたのを彼が脱廓させて妻とした女性であったが、爾来五十有余年、その間二度も首相夫人という座に坐りながら、ほとんど表に出ず、よく夫につくした賢夫人であった」・・・・安部晋三の奥さんとは、だいぶ違うようだね。

ハナ子──その山本権兵衛のことだけれど、晩年は夫婦二人ともガンになって、旦那は二階、奥さんは階下で寝ていたのね。旦那は奥さんがガンだと知ると、奥さんを二階に運ばせて、涙ながらに長年の労苦に感謝したそうよ。──でも、坪内逍遙夫妻のことはよく分からないの。逍遙の奥さんは悪妻だったという説もあるし、二人は仮面夫婦だったともいわれてるわね、真相はどうだったのかしら。

隠居──逍鴎論争で激しく争った坪内逍遙と森鴎外は、悪妻を持っているという点で共通していたんだ。だが、二人とも最後まで妻を愛しつづけた。逍遙の奥さんは美しかったが、鴎外の奥さんも大変な美女で、父親は彼女に寝るときに布団をかぶって顔を隠せと言い聞かせていたそうだよ。

ハナ子──どうしてなの?

隠居──家に忍び込んだ泥棒が彼女の顔を見たら、きっと乱暴する気になるからというんだ。父親というのが、今で言えば最高裁の判事にあたる裁判官だったんだが、娘にそんなバカなことを命じている。だから彼女は自信過剰になってしまってね、最初の結婚では相手方に嫌われて、すぐ追い出されているんだ。それで、年の離れた鴎外と再婚しなければならなくなった。鴎外のところに嫁いでからも、わがままで手に負えない。そこで鴎外は、いろいろと手を打つたらしいな。

ハナ子──どんな手を打ったの?

隠居──まず、妻の自覚をうながすために、彼女の行状を綴った「半日」という小説を書いて妻に読ませた。それから、何か妻に打ち込めるものを持たせなければならないと考えて、妻に小説を書かせる。そして、その原稿に手を加えて雑誌に売り込み、妻を女流作家の一人に仕立て上げたんだ。

ハナ子──考えたわね。

隠居──ああ、鴎外という男はとにかく頭がよかったからね。その点、坪内逍遙の方は、愚直だった。当時の坪内は、東京専門学校のほか進文学校の教師をしていて、その授業時間は週に二十数時間にもなっていた。その上、自宅に7,8人の学生を預かって、彼らがそれぞれの学校から戻ってくると、その勉強を見てやっていたんだ。更に作家志望の田辺龍子や矢崎鎮四郎を指導して文壇に送り出している。そんな目の回るような多忙な毎日を送りながら、彼は根津権現裏の遊郭に通って加藤セン子という女郎と馴染みになり、同棲した末に妻にした。加藤セン子は既に22才になっていたが、不幸な生い立ちのため全くの無学だったから、坪内は手を取るようにして彼女に学問を教え込んだのさ。

ハナ子──分かったわ。坪内逍遙も森鴎外も、夫婦関係のなかに師弟関係を持ち込んだのね。いくつもの絆(きずな)で結ばれていたから、夫婦の関係が長持ちしたんだわ。

隠居──女房にしても、亭主を子供のように世話をすることがあるだろう。亭主が師弟関係を作って夫婦の絆を強くするとき、女房は母子関係をこしらえて亭主との絆を強化するわけだ。世話をする立場と世話をされる立場を比較してみると、何時だって世話をした側の愛情がより強くなる。世話をされた方は、そのことをすぐ忘れてしまうが、世話をした方は相手に情が移るからね。

ハナ子──そうね、犬や猫だって、世話をするほどいとおしくなるものね。あら、亭主を犬や猫と比べちゃいけないかしら。

隠居──別に恥ずかしいことじゃないさ。インテリのあんたが、熊さんと仲良く夫婦をやっているのもそのせいじゃないか。・・・・ほかに夫婦愛の話があったかね?

ハナ子──アナトール・フランスの話が、よかった。ちょっと、読んでみるけど、良いかしら。

  八十歳の夏から病気にかかり、その苦しみが一月ばかり
 つづいた。ある日、彼は、
 「死ぬとは、とても手間のかかるものだな」
  と、つぶやき、また別の日には、医者に、
 「早く死ねるように、何か薬をくれないか」
  と頼み、医者がことわると、
 「まだそんな偏見があるのかね」
  と、嘆いた。

この後がいいのよ。二日間の昏睡から醒めたあとで、もう死ぬと悟った彼は妻にやさしい声でいったそうよ。「もう、お前にも逢えないね」って。

隠居──いい話だね。夫婦愛以外では、誰が印象に残っている?

ハナ子──上原専禄という人の話が面白かったわ。この人は、象みたいな死に方をしているのよ。

隠居──象みたい?

ハナ子──ええ、象は自分の死期を悟ると、誰も知らない「象の墓場」に行って、独りで死ぬっていうでしょ?

隠居──ああ、そういう意味か。上原専禄は、一橋大学の学長を務めた歴史学者でね、安保闘争では陣頭にたって闘ったんだ。日米安全保障条約に反対する知識人を糾合して、国民文化会議というのを作り、その議長になっている。だが、安保闘争に敗れ、以前の同志が次々に寝返るのを見て、絶望するんだな。やがて最愛の妻を失うと、世の中がすっかりイヤになって、行方不明になっちゃった。その辺のことまでは新聞で読んで知っていたよ。

ハナ子──この人は、妻を弔うために回向三昧の生活にはいると友人に告げて姿を消した。東大教授をしている息子とも縁を切って、完全に消息を絶ったの。彼に従ったのは、国立音大のピアノ講師をしていた娘の弘江だけだった。父娘は名前を変えて宇治に隠れ住んだけれど、隠棲は長く続かなかった。上原専禄は、四年後に肺ガンのため京都の病院で死んでいるのよ。死ぬ前に、彼は「みんなオレの死ぬのを待っている。オレの死んだことを誰にも知らせるな」と娘に遺言したというから、この人、被害妄想になっていたかもしれない。

隠居──一刻者だったんだな。娘は一年後に父の遺骨を苔寺に埋め、死後三年七ヶ月たってから、やっと父が死んだことを公表した。娘も一刻者だったんだ。

ハナ子──じゃ、そろそろお暇するわ。ご隠居さん、また面白い本があったら、貸して下さいな。

隠居──熊さんによろしくな。