甘口辛口

「さよならレーニン」という映画

2008/7/2(水) 午後 4:38
<「さよならレーニン」という映画>


洋画ファンの一人である私は、新聞のテレビ欄に出ている面白そうな洋画番組を欠かさず録画している。だが、毎日TVばかりを見ている訳ではないので、録画済みのテープは山積みになるばかりで、実際にそれらを再生して見るのは数年後になることが多い。

「グッバイ・レーニン」を録画したのは多分2〜3年前のことである。題名からすると反共映画らしかったが、題名にはユーモラスな感じがあり、もしかすると、ひねりのきいた青春映画の一つかもしれないと思われたから録画しておいたのである。

昨日、この映画を再生してみたら、私の予想は全く外れていた。ドイツが東西に分裂していた時代を背景にした映画で、主人公アレックスは宇宙飛行士にあこがれている東ドイツの少年だったのである。

アレックス少年の父は医師、母は教師で、両親は仲むつまじく暮らしていたが、ある日、父が西ドイツの女性の手引きで、「ベルリンの壁」を越えて西側に亡命するという事件が起きる。夫を愛していた母はショックを受け、以後一言もしゃべることが出来なくなって入院する。そんな母のところにアレックスは毎日見舞いに行って、宇宙旅行の話や学校の話をするのだ。おかげで自殺を考えていた母も立ち直り、退院するのである。

退院した母は人が変わったようになる。以前は両親ともリベラルな傾向があって社会主義体制のもとでは居心地悪そうにしていたのに、退院後の母は「社会主義の祖国」と結婚したと公言して、子供たちを集めて共産主義賛歌を教えたり、政府当局にさまざまな建設的提言をするようになる。そのため母は、政府から表彰されるのだ。

そして10年が経過する。

10年の間に、アレックスの姉は結婚して一児をもうけるが離婚し、アレックスはリベラルになって、反政府デモに参加するようになっている。ある日のデモで、アレックスは警官隊と衝突して逮捕される。その現場を見ていた母は卒倒し、意識不明になってしまう。彼女には、心臓に持病があるのである。

母の意識不明は八ヶ月続き、この間にドイツは激変する。東ドイツの社会主義政権は崩壊し、ベルリンの壁は撤去され、東ドイツは西ドイツに吸収される形で統一ドイツが成立する。

母親は、ようやく意識を回復した。アレックスは、医者から母にショックを与えないように警告されていたから、意識の戻った彼女に社会主義政権の崩壊したことを隠しておかなければならないと考える。そこで彼の珍妙だが、必死の努力がはじまるのだ。彼はとにかく母を退院させなければならないと思った。病院にいれば、他の患者の口から、社会主義ドイツが消滅したこと知るに違いないからだ。

自宅療養に転じた母が、ピクルスを食べたいと言い出すと、アレックスは瓶詰めのキュウリを求めてベルリン中を走り回らなければならなかった。東ドイツ時代には市内のどの店にもあったピクルスが、統一後にはアメリカ式の食習慣に切り替わり何処でも売っていなかったからである。

それより困ったのは、母がテレビを見たいと言い出したことだった。テレビを見たら、母は事実を知って絶望し、心臓麻痺で死んでしまうだろう。そこでアレックスは映画監督志望の同僚に相談して、偽のニュース番組を作ることになる。それをビデオテープに撮って、自宅のテレビで流してやると母は満足して見ている。

彼は母の誕生日を祝ってやることにした。母が勤務していた学校の校長や昔の隣人に事情を話して集まってもらい、彼らの口からも東ドイツがまだ続いていることを話してもらうことにしたのだ。彼は母から歌を教わっていた小学生にも小遣いをやって来てもらい、社会主義賛美の歌をうたってもらった。

こうした行き過ぎたやり方には、アレックスの姉も、彼の恋人のロシアからやってきた看護学生も批判的だった。

そのうちに危うく嘘がばれそうになった。アレックスが居眠りしている間に、母が家を抜けだして、街の様子が八ヶ月前とは一変していることを見てしまったのだ。街には西側の人間やアメリカ式の店が溢れていたのである。そればかりか、彼女はレーニンの銅像が解体されて、ヘリコプターで運び去られるところまで見てしまう。

アレックスは同僚と相談して、新しいビデオを作らなければならなくなる。二人は実際の過程を抹殺し、西ドイツが経済的に破綻して難民が西側から東側に押し寄せてきたというふうに事実を作り替える。東ドイツの大統領は人道的な精神から、市内の中心地にある一流ホテルを西側の難民の為に解放したから、そこには西側の市民が宿泊しているのだ・・・・

母は息子のでっち上げたインチキニュースを見て感動する。──社会主義は閉鎖的にならず、世界に広く手をさしのべるべきなのだ、思想的な差異を超えてドイツが統一したのは本当にいいことだった、わが家は森の中に一軒の別荘を持っているから、それを難民に提供しよう。

やがて、アレックスとその恋人は、姉の一家と共に母を森の家に連れて行く。

そこで母は、意外なことを告白するのである。

夫は入党することを拒んだために、職場で差別されていた。それで夫婦で話し合って一家全員が西ドイツに亡命することにきめ、まず、夫が先乗りする形で西ドイツに移ることになったのだった。母は、あとから二人の子供を連れて亡命するつもりだったが、いざとなると怖くなった。失敗したら自分は捕らえられ、子供たちから引き離されてしまうだろう。夫からは、亡命を促す手紙が次々に送られてきたが、どうしても東ドイツを出る決心が付かなかったのだ。

その夜から母の心臓病が急変して,回復が難しくなった。病床で母は、今でも夫を深く愛している、死ぬ前に一目でいいから、夫に会いたいと打ち明ける。

アレックスは、姉が探し当てた父親の家を訪ねて行くと、彼は別の女性と結婚して二人の幼児の父になっていた。父はアレックスに、自分はお前たちのことを忘れたわけではない。三年間、妻から連絡のあるのを待ち続けた、毎日、毎日待ち続けたのだと正直な心情を語り、前妻に会うことを承知する。

母親は夫にも会い、そしてアレックスがビデオで描き出した協調と平和の世界にも満足して、心残りなく死んで行く。

映画の最後は、アレックスが母の遺灰を手製のロケットに乗せて空高く打ち上げるところで終わっている。

「グッバイ・レーニン」という映画は、反共映画でも、社会映画でもなかった。母と息子が織りなす愛の映画であり、人間の善意を描いた明るい映画だった。