甘口辛口

最も優れたスポーツは?

2008/10/5(日) 午前 0:34
<最も優れたスポーツは?>


最も優れたスポーツは、マラソンやランニングだと聞いたことがある。

マラソン・ランニングは、器具や道具を用いず、場所も選ばず、純粋に体だけを使ってするものだから一番高級なスポーツだというのである。文学の方でも、資料や参考書を必要としないで、ペン一本で書かれた「純文学作品」が最も高級だとされている。

これらの説は、話としてはよく分かる。しかし、私はこれまでマラソンを別にして、ランニングほどつまらない競技はないと思っていた。だから、オリンピック放送などでも、ランニング競技が始まると、チャンネルを変えてしまっていたのだ。特に男子の100メートル競走などは、まるで力技(ちからわざ)のように見える。筋肉モリモリの選手が歯を食いしばって疾走するところは、形を変えた重量挙げみたいなのだ。見ていて、美しいとも何とも感じない──。

ところが、陸上競技オンチだった私の姿勢を一変させるようなことが起きた。北京オリンピックの国内予選をテレビで見ていたときだった。

女子一万メートルの決勝には、女子マラソンで顔馴染みになった選手が出ている。それでチャンネルを変えずに見ているうちに、(ああ、いいなあ)と思ったのだ。

選手たちは、いずれも均衡の取れたしなやかな体をしていた。男子短距離の選手たちのように筋肉が奇形的に発達しているものは一人もいない。そして、走り出すと、先の長い一万メートル競走だから、選手たちはムキになることなく、それぞれのペースを守りながら走っている。その姿が、なめらかで自然で、実に美しいのだ。バランスの取れた体を無理なく動かすときに生まれる人間の姿態に固有の美しさ。

均整の取れた体を美しく動かしながらも、彼女らは互いに駆け引きをしている。するすると先頭に出て皆を引っ張ったと思うと、またペースを落として中位に戻る。そんな走り方も作戦の一つらしかった。十名内外の選手の中に優勝候補が二、三人ほどいて、彼女が虚々実々の駆け引きをするのである。競技を見終わったあとで、私はすっかり堪能した。そして、しみじみと(面白いものを見たな)と思ったのである。

だから、大分国体が始まると新聞のテレビ欄を注意して調べておいて、一昨日は成人女子5000メートル競技の実況放送を見た。

解説者が、優勝候補は鳥取県代表の選手だと言っていたので、彼女に注目しながらテレビを見ていると、彼女は最初後尾に付いていて、やがて中盤になって先頭に出た。先頭に出た彼女の走り方が、これまで見たことがないほど変わっている。

まず、上半身を垂直に保っているのが、変だった。他の選手は上半身を少し前に傾けて、腕を振りながら走っているのに、彼女は垂直にした上体を固定したまま動かさないで、足だけをすいすいと運んで走って行くのだ。その奇妙な走り方がマイナスに働いたのか、終盤に近くなると彼女は遅れはじめ、後に続いていた選手たちの群れにのみこまれてしまった。

そして、残りがあと100メートルになった。すると、選手たちは一斉にラストスパートをかけて、早いピッチで走り出す。この時になって中位のグループにのみこまれていた彼女が、ぐんぐん前に出始めたのだ。今や彼女は上体を激しく動かし、腕も大きく振っている。そして、ついに再び先頭になるとそのままゴールに走り込んでトップになったのだった。

彼女が垂直にした上半身を静止させて、足だけをすいすい動かしていたのは、終盤の追い込みにそなえてエネルギーをセーブしていたのだった。

トラック競技に出場した女子選手の走る姿は美しい。それだけでなく、走るときの彼女らの工夫や駆け引きも興味をそそるのだ。

私はテレビを見る楽しみを、新たに一つ増やしたらしかった。