甘口辛口

天皇家の家庭事情

2009/11/18(水) 午後 4:16

<天皇家の家庭事情>


今月の月刊「文藝春秋」には、「雅子妃が変えた平成皇室」という特集記事が載っている。前月の「文藝春秋」の特集は「小沢一郎 新闇将軍の研究(立花隆)」だったが、これが典型的な羊頭狗肉式特集で、立花隆が以前に同誌に掲載した田中角栄研究を思い出して文春を買った読者にとっては、一読してガックリ来るようなものだった。小沢一郎を論じるのに、あんなに少ないページ数では、いいレポートになるはずがなかったのだ。

だから、今回の特集に対しても、(週刊誌の書き立てるような雅子妃バッシングではあるまいな)と警戒の念を怠らなかった。だが、それほどひどい内容ではなくて、5名による座談会という形式をとっているためか、出席者の立場も多様で情報量も多く、得るところが少なくなかった。

5人の出席者のうち3人は男性で、それぞれ皇室情報を入手するルートを持っているので、彼らの提供する話にはある程度の鮮度が保たれていたし、女性2人も国民のなかにある新旧二つの世論を代弁しているために興味が持てた。

日本の皇室は、アナクロニズムな古さを後生大事にかかえこんでいる。その「伝統」なるものを武器にして守旧派のマスコミが競って皇太夫妻を袋叩きにしてきたから、皇室の近代化を求める論者たちは、バッシングに耐えて沈黙を守っている夫妻に同情を惜しまないで来たのだ。ところが、座談会を読んでみると、皇太子や雅子妃はただ泣き寝入りしていたのではなく、果敢な反撃を試みてきたらしいのである。

雅子妃にとって、一番耐え難かったのは、自分が一個の人間として評価されるのではなく、天皇家の後継者を生むための出産機械としてしか評価されていないことだった。例えば、この座談会に保守右派を代表して出席している櫻井よしこは、雅子妃を攻撃してこういっているのである。

<櫻井>話が元に戻るかもしれません
 が皇室の最重要な任務のひとつがお
 世継ぎを産むということだと自覚され
 ていないとすれば、やはり問題だとし
 か思えません。

同じ女性として、櫻井はよくもこんなことがいえたものである。彼女は自分が単なる出産要員としてしか評価されず、周囲から早く産め、早く産めとせき立てられたらどんな気持になるか、わが身の問題として考えたことがあるだろうか。この点に関連して岩井克己は次のような挿話を紹介している。雅子妃は、彼女の月経周期を知りたがる侍医長に怒りを感じたのだ。

 <岩井>新婚早々からその傾向はあり
 ました。東宮侍医長が基礎体温ぐらい
 は報告していただかなきゃ困ります、
 と言った途端に更迭されたと聞いてい
 ます。

秋篠宮に嫁いだ紀子妃は、輿入れする前から宮内庁に頼んで皇族のお手振りビデオなどを借り出して準備万端怠りなかった。彼女は男の子を出産すると、まだ赤ん坊の段階からお手振りの練習をさせている。彼女は、最初から皇族になることを熱望し、宮中の慣例を丸ごと受け入れたが、雅子妃はあくまで自己の個性と女性としての尊厳を守るために宮内庁官僚と戦い続けたのだ。そのため、彼女は、へとへとになったのである。

  <岩井>そうですね。まずご結婚され
  てから数カ月後には朝起きられなくな
  ってしまう。殿下が朝待っていても来
  ないので、やがてお一人で朝食をとる
  ようになったと当時聞きました。なか
  なか子供ができないので周囲も、たと
  えば高松宮妃殿下がご心配なさるよう
  なことがあって、しかし逆に心配され
  ればされるほど雅子さまにはプレッシ
  ャーになっていく。

皇太子が、「雅子の人格を否定するような動きがあったことも事実です」と爆弾発言をしたとき、一体その動きを誰がしたのか、その動きとは具体的に何を指しているのかが問題になった。天皇サイドから(つまり宮内庁から)、その点をハッキリさせる説明文書を提出して欲しいという要求があったと聞いた雅子妃は、憤然としてその要求を拒否している。

 ・・・・一方で天皇サイドから説明文
 書を求められたことを聞いた雅子妃が
 「説明文書を出すのなら、皇太子妃を
 やめます」と激しい口調で電話を切っ
 た、という話も聞こえてきました。

天皇と皇太子の間にも、衝突はあった。

 <岩井>お世継ぎ問題か何かで、ある
 とき陛下と皇太子さまが直接突っ込ん
 でお話し合いになったのだけど、双方
 ものすごく傷ついてしまい懲りてしま
 われたのでは、とも伺っています。

こういう座談会記事を読んでいると、天皇・皇太子・皇太子妃の関係は、世の常の家庭と少しも変わらないことが分かる。世代を異にする家族の間に、意見の衝突があるのは当然のことなのだ。それがない家族の方が異常なのである。憲法にも、天皇は国民統合の象徴とあるではないか。

ところが、保守右派を代表して櫻井よしこは、父親に盲従しない皇太子夫妻を上にいただく日本国民は幸福になれないという(この論理の飛躍を見よ)。彼女は又、皇位継承者は男子であるべきだとして、皇太子夫妻の間に生まれた女児を皇位継承候補から排除することを主張する。

こういう櫻井的立場は、50年前なら過半数の国民によって支持されたかもしれない。だが、50年後の国民には物笑いの種にしかならないだろう。戦前に天皇の聖徳をたたえて、現人神と呼んだ学者たちが、今では嘲笑の対象になっていることを思い出すべきだ。世論調査をしてみても、現在、国民の70パーセント以上は、女児が天皇になることを受け入れているのである。

櫻井よしこがタカ派代表なら、香山リカは若い世代の観察者として、彼らが「天皇制護持」を願っているかどうかについて疑問を投げかけている。彼女はいう。

「このままだと、(天皇は)<まあ、いてもいいか>ぐらいの意識になりかねないし、今実際にそうなりかけていると思うんですよね」

彼女は又、雅子妃に同情を示してこういっている。

 <香山>個人主義的な教育を受け続け
 てきて、プライベートな領域には立ち
 入られるだけでもストレスを感じる性
 格でしょう。さらにそれまで目標を立
 てて努力してクリアする、という人生
 を歩んでこられたのに、努力しても一
 生懸命情報収集してもうまく行かない
 ことがあるんだと、挫折を感じた体験
 になってしまった。非常にお辛い期間
 だったと思います。

今月号の文春には、この特集に続けて、「寛仁親王家の女王姉妹インタビュー」という記事があり、「若き皇族の生活と意見」が紹介されている。この姉妹が共通して問題にしているのは、外出する時に護衛の役人がついてくること、そして、その度に役所へ報告書を提出しなければならないことなのだ。若い彼女らにとっては、これが煩わしくてならないのである。

イギリスのエリザベス女王は、長年乗り慣れた自動車を運転して一人で外出し、出先でクルマが動かなくなれば、携帯電話で自ら故障の修理を頼んでいる。ところが日本では、親王家の娘という天皇からかなり離れた血縁者にまで護衛がつくのだ。そして、護衛される娘たちが揃って、「側衛」をありがた迷惑だといっているにもかかわらず、そして国家が赤字財政で苦しんでいるにもかかわらず、皇族への過剰支出が止まらないのである。

秋篠宮妃のような例外はあるとしても、皇族の多くは普通の市民と同じような自由な暮らしを望んでいる。好奇の目で見られることなく、好きなときに好きなところに行ける日常を欲しているのだ。

戦後になって神権的天皇制は、マイホーム天皇制に変わったという。保守右派は、天皇制を戦前のものに戻したがっているが、今の天皇は新憲法を守ることを誓い、皇族の大多数は皇室及び自分たちのよりいっそうのマイホー化を望んでいる。

櫻井よしこの言い方を借りれば、マイホーム天皇制がさらに徹底されたときに皇太子ご夫妻も国民も幸せになれるのである。