甘口辛口

小6女児の「ひととき」

2009/11/25(水) 午後 1:59

<小6女児の「ひととき」>


昨日の朝日新聞「ひととき」には、ちょっと驚いた。

題名は、「通知表のAが励みに」となっていて、小学校6年生時代の思い出を書いたものだった。書き出しは、こうなっている。

<保育園のころから運動が
 苦手でした。卒園するまで
 逆上がりができず、小学校
 のマラソン大会は最下位争
 い。通知表の体育の評価
 は、いつもBやCでした>

それで、母は何時も、「まりちゃんは図工が得意なのだから、体育は苦手でもいいのよ」と慰めてくれていたのだが、6年生一学期の通知表を貰ったときに、目が点になってしまった。体育の評価が、Aになっていたのである。

驚いた母は、個人面談の時に、体育がAになった理由を尋ねたら、担任はこう答えたという。

<・・・先生は私がドッジボ
 ールの時、ボールに当たら
 ないように逃げるのが得意
 で、いつも最後まで内野の
 コートに残っていること、
 どうしたらボールに当たら
 ないかを研究して、日記に
 書いていることが理由だと
 話してくれたそうです>

6年生になって初めてもらったAに、筆者の心ははずみ、両親もとてもほめてくた。

ここまで読んできて、今は多分母親になっているであろう筆者は、わが子の通知表を見るたびに、きっと小6時代のことを思い出しているに違いないと想像したりしていた。ところが、それに続く文章を読んで、(アレ?)と思った。

<・・・・・・・スポーツに
 はいろいろな楽しみ方があ
 ると知った私は、この10月
 から地元のキッズバレーボ
 ールクラブに入団し、金曜
 日の夜に練習に励んでいま
 す。これからも自分なりの
 スタイルで、スポーツと仲
 良くしていきたいです>

末尾には、筆者の年齢や名前が載っている。それに目をやると、こうなっている。

 千葉県君津市
  小林 万梨佳
   小学6年 12歳

朝日新聞の「ひととき」欄は、成人した女性が午後のひとときをリラックスして語り合う投書欄だと思って愛読してきたのだが、まさか小学生の文章が掲載されるとは思ってもいなかった。

こちらがこれを母親の書いたものだと信じこんでしまったのは、この文章が小学生の書いたものにしては、こなれすぎていたからだった。文がなだらかに展開して、途中でひっかかるところがないのである。エッセーや論説などを書き慣れた練達の大人が書いた文章に見えるのだ。例えば、締めくくりの、「これからも自分なりのスタイルで、スポーツと仲良くしていきたいです」という一節中の「自分なりのスタイルで」という表現など、とても子供の書いたものとは思われない。

だからといって、この記事を母と小6の娘が合作したものだと見るわけにはいかない。早熟な女の子というのは魔物のような一面を持っていて、大人にも表現できない文章を易々と書くことがある。紫式部は子供の頃から、兄をはるかに凌駕する才能を持っていたのである。

私も一度朝日新聞に投書して稿料5000円を貰ったことがあるが、記事を掲載するにあたって、担当の記者が新聞社から電話してきたことを覚えている。記事の内容に誤りがないか、本当に本人の書いたものか、などを確かめるためらしかった。恐らく、小6女児に対しても、発表前に入念な下調べをしたであろうから、これが小学生の手になることは、まず、疑いないのだ。

小学生で早くも大人並みの文体を持ち得る早熟な女児は、やがて女子高校生にでもなれば文学賞を獲得するような才女になるかもしれない。だが、早すぎる開花は、落花の時期も早いことを留意しなければならない。

芥川龍之介、三島由紀夫など、若くして認められた男性作家は、勢いにまかせて多作し、40歳前後でスタミナ切れに陥っている。彼らは、最初から一流の評価を受け、塩分濃度の濃い水の中で泳いできたので、普通の海水に入れられると、つまりなみの作家並に扱われるとひどく傷つき、無理をしてでも元の濃い水に戻ろうとする。そして、疲労困憊して自ら死を選んだりするのだ。その点、女流作家はタフで簡単に死ぬことはない。が、彼女らは林芙美子のようにライバルの女流を蹴落とすために努力するようになるかもしれない。

いずれにしろ、「早熟の天才」の将来は難しいのである。この少女投書家が、順調に才能を伸ばして行くことを期待したいものだ。