甘口辛口

二人の独身者(その2)

2010/12/28(火) 午後 2:55

 (中里介山「新潮日本文学アルバム」より)

二人の独身者(その2)

*中里介山*

「大菩薩峠」の作者・中里介山といっても、知らない人の方が多いだろうと思う。私にしても、中里介山の名前だけは聞いていても、戦後、上京するまでは彼に全く関心がなかった。ところが、病気で一年休学後に復学することになったとき、好意から部屋を貸してくれた知人の家に、「大菩薩峠」の全巻があったのである。

東京での生活が落ち着いてから、「大菩薩峠」を借りて一巻目から読み始めた。地の文が、「です、ます」調で書かれているので、まるで講談師の口演を聞いているような気がする。だが、主人公の「机竜之助」は、勧善懲悪の講談には絶対に出てこないようなニヒルな剣客だった。何しろ彼は、作品の中に登場したと思ったら、巡礼の老人をいきなり斬り殺してしまうのだ。理由は、だだ辻斬りをしたくなったからだった。

こういう男だから、御岳山上の奉納試合で兄弟弟子の宇津木文之丞と戦うことになったとき、相手を撃ち殺し、試合前にひそかに机竜之助を訪ねてきて、せめて試合は引き分けにしてほしいと懇願した宇津木の内妻お浜を犯して自分の女にしてしまうのだ。そこで、宇津木の弟の宇津木兵馬は、兄を殺し、兄嫁を奪った冷血無惨な机竜之助を不倶戴天の仇としてつけ狙うことになる。

「大菩薩峠」を読んでいて面白かったのは、ここまでだった。二巻目以降になると、机の存在はどこかに行ってしまって、顔半分に火傷の痕があるために何時も頭巾をかぶっているお銀さまやら、俊足の盗賊・裏宿の七兵衛が現れて、誰が主人公であるか分からなくなる。ストーリーは、逃げる机とお浜を宇津木兵馬が追うという形で展開するはずだったのに、業を背負った男女らの大曼荼羅絵巻に変わってしまうのである。

ところが不思議なのは、「大菩薩峠」の人気だった。私は二、三巻目で投げ出してしまったのに、本を読むという習慣が全くない知人の家に、「大菩薩峠」だけが全巻揃って並んでいる。それだけではなかった。当時の実業界の大物から、皇族に至るまで、「大菩薩峠」の愛読者は数限りなくいたらしいのだ(渋沢栄一や大正天皇の皇后である貞明皇后も「大菩薩峠」の愛読者だったという)。

当時、中里介山を愛読する作家や評論家も多かった。芥川龍之介、谷崎潤一郎、宮沢賢治、大宅壮一などは絶賛に近いほどに「大菩薩峠」を評価しているし、その流れは現在にも及び、桑原武夫、鶴見俊輔、堀田善衛などもこの作品の分析を試みているのだ。

遅ればせながら、私が中里介山に興味を持ち始めたのは、本屋の店頭で尾崎秀樹の「中里介山」という単行本を手にとってみたからだった。すると、最初のページに、こうあったのである。

  隣人より村落へ─村落より都会へ─都会より国家へ
    国家より人類へ─人類より万有へ─万有より本尊へ==中里介山
  
私は、すぐにこの本を購入し、家に戻って読んでみたけれども、半分ほど読んだところでストップしてしまった。中里介山の評伝を読むには、最小限「大菩薩峠」を読み通していなければならないらしかったが、とてもあの大曼荼羅絵巻を読み通す勇気はなかったのだ。「大菩薩峠」は大正二年から書き始められ、昭和十六年まで、延々三十年近くを要して書き継がれている。原稿用紙にして2万枚に及ぶ大作で、しかも完結していないのだ。

とても中里の作品を読む気がしないので、もう一冊の中里の評伝を読んでみた。松本健一の「中里介山」である。この方は、「大菩薩峠」の分析が中心になっているから、ますます作品を読んでおく必要があった。だが、今はとてもそんな余裕はない。で、順序を逆にして、先に中里の人間像を明らかにして、「大菩薩峠」をそのあとに回すことにしたのである。

そんなわけで、ここには、松本健一氏の本から、氏のまとめた「大菩薩峠」梗概の文を拝借し、作品紹介に代えておくことにする。

                      *

<(作品の)主人公は机竜之助であり、かれこそは中里介山の自画像である。そうおもって、音無しの構えを得意とする盲目の剣士・机竜之助の顔をひとり合点に想い浮かべていると、その顔の横には、宇津木文之丞の内縁の妻で、机竜之助にょって犯され、かれの子を生みながらも、はてはかれによって殺されてしまうお浜の顔が浮かびでてくる。かの女の顔は、机竜之助の目の治療代をつくろうと遊女屋に身売りしたお豊の顔に重なり、また御高祖頭巾に火傷の顔をつつんだお銀さまの顔に重なりもするのだ。

そうして、お銀さまの顔の横には酒乱で悪旗本の神尾主騰が、あるいはがんりきの百蔵.裏宿の七兵衛、清澄の茂太郎、盲目僧の弁信、十八文の道庵先生、お松、宇治の米友、馬鹿の与八などが、つぎつぎと浮かびでて机竜之助の顔はついにかれらのただなかに埋もれてしまう。これは、作者中里介山の足跡が歴史の草叢にまぎれてしまうのと同じである。

『大菩薩峠』では、これらいくにんもいくにんもの人間が、生と邂逅と愛憎と別離と死とのドラマをくりひろげる。そこでは、個々においてはあれほど明瞭な顔かたちをもって登場していた人物たちが、結局のところ、区別を必要とされなくなってしまう。悪旗本の神尾主謄は、進歩的な善人旗本の駒井能登守に対峠しながら、ついには読者のなかに親しく住みついてしまうのである。

かくして、個々の人物にかわって小説の前面におしだされてくるのは、人間の生きざまという、懐かしくも哀しい風景である。善悪ともに、人間の内部に存することによって、ひとは生きてゆくことじたいにおいて、修羅たらざるをえない。それが哀しくないはずがあろうか。そう、介山はいいたそうである>。

(つづく)