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まなざしの地獄(2)

2012/2/1(水) 午後 8:32
まなざしの地獄(2)

青森の中学校を出て、集団就職のため上京した永山則夫の頭には、二つの関心事があったと、見田宗介は書いている。

<都会における永山則夫を性格づけていた、二つの顕著な関心の焦点・・・・一つは再三にわたる熱心な「進学」への意欲、一つは身につけるものについての高級品好みであった(「まなざしの地獄」)>

永山は、中学校時代に、あれほど学校を嫌い、欠席を続けていたのに、上京するときには中学校の教科書数冊をバックに忍ばせていた。

永山則夫の兄姉には優れた素質を持ったものが多い。次兄は、小学校・中学校を通して成績は常に学年のトップだったし、三姉も小・中学校を通して学年の成績は三番と下ったことがなかった。則夫が兄姉のうちで一番尊敬していた三兄も、集団就職して上京後に定時制高校を卒業して、中央大学第二法学部に合格している。

永山が兄姉に劣らない優秀な素質を持っていたことは、「無知の涙」をはじめとする彼の書いた文章や、法廷における彼の発言を見れば明らかだが、問題は彼の誇大妄想癖と衒学趣味にあった。永山は、法廷で自らを史上初めてファシズムを科学的に解明し、論理学、犯罪学、数量学(数学を発展させた学問)、文語学(文学と語学を合わせた学問)を科学にまで高めた人間だと豪語している。そして、裁判所に対して、各分野の専門家に彼の創始した理論を鑑定させるように要求する。そうすれば、彼が天才であることが判明し、「永山則夫を死刑にするのは全人類にとって損失であることが判明するだろう」というのである。

だが、彼は大学に進むどころか、定時制高校を卒業することすら出来なかった。かくて永山は明治学院商学部の学生証を手に入れて、大学生の身分を詐称することになる。

永山は、上京後、「まなざしの地獄」の中にあって、必死になって自分を偽装し続けた。田舎者として侮られないために、ネクタイを締め、外国タバコをふかし、シェーファーの万年筆を胸に挿した。だが、彼が自分を飾り立てれば、飾り立てるほど、田舎者という地金があらわになり、周囲の侮蔑を買うことになった。

窃盗目的で進駐軍宿舎に忍び込んだ永山は、そこでピストルと弾丸を手に入れる。そして、このピストルで「まなざしの地獄」に対する反撃を開始するのである。彼は東京と京都でそれぞれガードマンを射殺し、函館と名古屋でタクシー運転手を射殺し、計4名を殺害している。彼が発射した14発の弾丸は、永山を追いつめた「まなざしの地獄」にむかって放たれたものだった。

──周囲からの視線に押しつぶされるのは、アイデンティティーの確立していない日本人に特有の特徴だと考えられがちだが、眼差しの圧力に押されて、ペアを組むのは日本人だけではない。

平成13年2月10日(日本時間)、ハワイ州オアフ島沖で愛媛県宇和島水産高等学校の練習船「えひめ丸」(35名乗船)が、突如浮上した米原子力潜水艦によって沈没させられ、多くの犠牲者を出すという事故が起きた。これは潜水艦のワルド艦長が、同乗していた一般人に急浮上を体験させるために、海面上の確認を怠ったまま浮上してひき起した事故だった。

ワルド艦長は、責任を問われて査問会議にかけられることになった。日米のマスコミは、査問会議に出頭する艦長を撮影しようと、会議場の前でカメラの放列を敷いて待ちかまえていたら、艦長は妻と手を繋いでカメラの前を通り過ぎたのだった。夫と共に会議場に入った妻は、査問を受ける夫を最後までじっと見守り続けた。

わが国の首相は、海外から帰国するとき、飛行機のタラップを妻と手を繋いで降りてきたりする。しかし、帰国する首相と、査問会議に被告として出頭する艦長とでは、立場が全く違うのである。罪を問われる立場にある夫は、単独で事件に向き合うべきであり、連れだって査問場に出かけるようなことをして、妻に汚名を着せるべきではないのだ。もし、わが国の政治家が汚職を問われて、妻と一緒に法廷に現れるようなことをしたら、世の失笑を招くに違いない。

欧米、特に米国では、事あるごとに夫婦がペアで行動する。夫が有名人である場合は、妻はペアで行動することで、夫の名声の一部をわがものにすることができる。が、夫婦が場の圧力を半減させるために、ペアで行動するという面も多いのである。

日本で妻に死なれた夫が、急速に衰えることが目立つのは、日本の男たちが家事負担の面で妻に依存するだけでなく、周囲からの視線の圧力を半減させるためにも妻に依存しているからだ。これに反して妻の方は、子供や孫、近所の主婦仲間といったように行動を共にする他者をたくさん持っているから「視線の圧力」をあまり感じないで済むのだ。

「まなざしの地獄」に関連して、わが国独特の一家心中の問題を検討する必要がある。
男女の心中を含め、一家心中は外国にはほとんど見られないという。この問題がいまだに絶えないのは、日本人が「まなざしの地獄」のなかで生きているからではなかろうか。一考を要する問題である。