甘口辛口

「身の上相談」いろいろ(1)

2012/3/4(日) 午後 8:26
「身の上相談」いろいろ(1)

昨日の朝日新聞土曜版は、ちょっと面白かった。土曜版には、「悩みのるつぼ」という「身の上相談」欄があるのだが、これに少し風変わりな記事が載っていたのである。

相談者は60歳の主婦で、回答者は社会学者の上野千鶴子だった。相談者は、こう書き始めている。

<60歳の主婦です。
愚息達が独立し、ひとりの時間を本ばかり読んで過ごしています。が、読んでも読んでも足りないくらい読みたい本が次々と出てきます。
若い時代に「きれい」といわれるような部類に入っていたため、ちやほやされながら過ごしたことが悔やまれます>

この冒頭だけを見ると、「身の上相談」には絶えて現れたことのないような悩みだったから、その先を注意して読んだ。美貌に生まれたため、読書の喜びを知らないまま青春期を過ごしてしまったという告白を聞いたら、図書館関係者は、きっと喜ぶに違いない。

相談者の主婦は、こう告白した後で膝を乗り出すようにして、「そこで上野千鶴子さんにぜひ質問したいことがあります」と問いかけるのだ。

<上野さんの現在のすてきさは、マリリン・モンローのように生まれなかったからあるかもしれないわけで、そう考えると、人の一生は、生まれついた容貌で左右されてしまうということになってしまいます。実際、そうなのでしょうか?ぜひとも上野さんのお考えをお聞かせ下さい>

相談者が回答者に投げかけてた問いは、かなり失礼な内容になっている。相談者は東大教授上野千鶴子に対して、「あなたが学者としてすぐれた業績をあげ得たのは、私のようにキレイに生まれて来なかった為でしょう?」と質問しているからだ。

これに対して、上野千鶴子は、「あなたの説は容貌人生決定説です。人生がそんなに単純ならどんなにいいでしょうねえ」と軽く受け流しておいて、日本の女性が置かれて来た現実について概観する。

<きれいな女性は男にセクハラされ、ストーカーされ、利用されていましたし、ブスの女性は男に無視され、黙殺され、からかいの対象になっていました。きれいでもブスでもない、その中間の大多数の女性は男につけこまれ、ふりまわされ、あなどられていました。残念ながらそれが40年前の女性の現実でした>

この文脈からすると、上野千鶴子は彼女が女であり、キレイでなかったために、多くの女性たちと同じように差別されてきたといわなければならないところだ。だが、彼女は、「お察しのとおりわたしはきれいな女ではなかったが、そのために他人と良好な関係をつくるのに不都合があったことは一度もない」と断言する。

そして、相談者に対して、「察するにあなたはそこそこ幸福な人生を送ってこられたようですね。それを容貌のせい、とお考えでしょうか」と反問するのだ。

上野千鶴子が自分は不公平な扱いを受けたことは一度もないと断言するなら、彼女のフェミニズムやジェンダー論は誇張が過ぎるということになる。

彼女は、最後に次のように締めくくっている。これは、正論だと思うけれども、やはり彼女の日頃の言説と少しばかり食い違っているのである。

<この年齢になって読みたい本が次々に出てきたんですって! なんてすてきなこと。本と読者は出会いもの。若いときに本を読まなかったことを容貌のせいにしてはいけません。容貌は容貌、幸福は幸福、知識欲はそれとはまた別。そのあいだに何の相関もない、っていうことぐらい、本を読めばわかりますよ>

(つづく)