甘口辛口

記憶に残るドラマ

2012/6/24(日) 午後 4:00
記憶に残るドラマ

この頃は、テレビでドラマを視聴しても、何日か過ぎるとその内容を忘れてしまっていることが多い。ひどい場合には、数日前に見たTVドラマの中身を完全に忘れていることもある。

そんな自分が旧制中学時代にラジオで聞いたドラマのひとつを、ハッキリ覚えているのだから妙なことだ。そのラジオ・ドラマを私は、就寝前に布団の中で聞いていたのである。

それは、初めて見合いをすることになった娘を主役にしたドラマだった。見合いの日取りが決まったときから、娘はあれこれ考えて仕事が手につかないようになった。そして、いよいよ明日は見合いという日の夜などは、一晩中、輾転反側して眠れないほどだった。

見合いの日、彼女は今度の見合い話をまとめてくれた伯母と一緒に家を出たが、相手の青年が下宿している家の近くまで来ると、伯母は青年と打ち合わせることがあるからといって、娘をその場に残して相手の宿舎に去っていった。

やがて戻ってきた伯母は、呆れたように青年が昼寝をしていたと教えてくれた。相手は見合いに出かける準備をするどころか、まるでそんなことは忘れてしまったように、ぐうぐう眠り込んでいたというのだ。

伯母は相手の態度が不満らしかったが、娘は「平常心」を失っていた自分と引き比べて、青年の態度を男らしいと思った。相手がそんな恬淡な性格の男だと知って、彼女自身の気持ちも楽になったのだ。見合いの席で顔を合わせてみると、相手は予想していたとおりの青年だった。自分をよく見せようとする気配は全くなくて、彼は普段通りに落ち着いて振る舞っているようだった。

見合いの後で、縁談はトントン拍子に進んで、二人は結婚することになる。

夫婦になってからも、夫は見合いの席で見たとおりの落ち着いた姿勢を崩さなかった。妻の行動に不満があっても咎めるようなことはないし、暇があれば妻の仕事を手伝ってくれる。娘時代に夢見たような甘い新婚生活は期待できなかったが、夫は望みうる最高の伴侶だと思われた。

ところが、その夫が、突然、不慮な死を遂げるのである。と同時にすべてが明らかになった。夫は結婚する以前に、別の女性と愛し合っていたが、その女性が彼を裏切ってほかの男と結婚したため、絶望の淵に沈んでいたのだった。彼が今の妻との見合いを控えて、平気で昼寝をしていたのは、こと女性問題に関する限り、すべてに投げやりになっていたからだった。

ラジオドラマでは、夫の「不慮の死」について具体的な説明をすることがなかったように記憶している。だが、ドラマは、夫が彼を裏切って別の男と結婚した女と、心中したことを匂わせていた。時代は何しろ太平洋戦争がはじまる直前だったから、ラジオドラマの内容も戦意高揚に関するものばかりだった。だから、既に結婚している男女が心中するというような話を、ドラマの中でもあからさまに表現することができなかったのだ。

戦後になり、テレビ時代に入ってからは、無数のテレビドラマを視聴してきている。だが、上記のような哀切なドラマを見た記憶はない。私の記憶に焼き付いている哀切な話は、ドラマではなく、ドキュメンタリー番組のなかにあった。

今でも記憶しているドキュメント番組の一つは、40年ほど前のNHKテレビで見た、入水心中した老夫婦を取り上げた番組だった。

東京でサラリーマンをしている息子が、田舎暮らしをしている両親を心配して、自分たち一家と同居するように勧める。やがて説得に応じて老夫婦は田舎の家を売り払って上京し、息子の一家と暮らし始めるのだ。

しかし、嫁との折り合いが悪く、老夫婦は息子の家を出たいと思うようになるが、田舎の家を売り払って上京してきたので、帰るところがない。息子に話して、老夫婦のために別のアパートを探して貰うという方法もあるが、そんな話を持ち出して息子を心配させたくない。

そこで老夫婦が考えたのは、二人の貯金を取り崩して温泉巡りをすることだった。二人は各地の温泉場を訪ねて全国を旅するようになる。そして、いよいよ貯金通帳が空になったとき、新潟の海に入水心中するのである。

もし老夫婦が自宅を売り払って、老人ホームにでも入居していたら、こんな悲劇を生むことはなかったろうが、息子も両親も、肉親の愛情に包まれて老後を過ごした方が、息子一家にとっても老夫婦にとっても幸せだろうと考えて、同居を選択したのだった。誰にも、この選択が誤っていたということは出来ない。

この番組の最後に息子が登場して、
「両親のために、よかれと思って、同居したのに・・・・」
と歯ぎしりするように語っていた。

人は誰も自己の未来を予測することは出来ない。とすれば、この世に哀切な話が尽きることはないのである。