甘口辛口

井上ひさしの戦術(6)

2012/8/20(月) 午前 10:31
井上ひさしの戦術(6)

井上ひさしは好子と離婚してから、一年とたたないうちに米原ユリと結婚している。米原ユリについて、前妻の好子はその著書の中で、次のように紹介している。

<大柄で髪が長く、どこか大陸的な雰囲気をもっていた。料理研究家ということだったが、それより何より共産党の思想家・活動家の娘という点でひさしとは気が合っていったのかもしれない>

ひさしの母マスは、郷里で共産党支部長をしているということもあって、この再婚には大賛成だった。彼女は前妻の好子には最初からいい感情を持っていなかった。好子は、直ぐ別の男を作るのではないかと予言していたマスは、米原ユリについては、人間的にも全幅の信頼を寄せていた。

離婚が成立すると、ひさしは上京してきた母のマスに一家の経済をすべてゆだねた。マスは、銀行に行って自分以外のものが預金を引き出せないような処置をとり、好子の父親が管理していたひさし家の手提げ金庫、現金、保険証などを全部取り上げた。無一文になった好子の父親は、「今どき、大政奉還じゃあるまいし」とぼやきながら、柳橋のマンションに移っていった。

ひさしは、離婚後、一家の経済を実母にゆだね、長女の都を「こまつ座」の座長に据え、身辺から好子の痕跡をすっかり拭い去って再出発をしている。けれども、好子の方はなかなか再起できずにいた。

好子は、ひさしの家を飛び出して西館のマンションに移り半年を過ごした後に、西館と共に岩手県にある彼の生家に引っ越したが、彼女にはこの東北の地で西舘が何をしようとしているのか見当がつかなかった。顔に温容をたたえ、「黙して語らず」という態度を続ける西館からは、将来に対する積極的な意欲が少しも感じられなかった。ひさしは、西館を評して、「彼は、何も考えてはいないのだ」といっていたけれども、それは本当のことかもしれない──。

好子は、「人間の一生とは、たった一人の人間をみつける旅だ」と考えていたから、その一人の男を見つけた今となっては、後悔することはないはずだった。でも彼女は、西館が「見ざる、聞かざる、言わざる」を決め込んでいないで、彼女を励まし、勇気づけてほしかった。劇団と家庭を投げ出して男のもとに走った好子に対する世間の風当たりが、予想以上に厳しかったからだ。

やがて、好子は、それが「こまつ座」に対する宣戦布告であることを知りながら、劇団を始めることを決意する。彼女は、西館には劇団経営や運営の才能がないことを承知の上で、ためらう西館を引きずるようにして上京し、強引に劇団を発足させたのである。

好子は、「こまつ座」から劇団運営のベテランや俳優を引き抜き、事務所を両国に置いて体制を整えた。そして、脚本を岩間芳樹に、演出を和田勉に依頼し、スター俳優には津川雅彦、山城新伍を招き、公演を打つところまで運んでいった。彼女の劇団は5年間で16回の公演を行っている。

たが、観客は不入りで、財政は火の車だった。西館は、陣頭指揮する好子の下で、ひたすら裏方に徹して金のやりくりや、トラブルの処理に当たっていたが、やがて劇団は、どうにも動きがとれなくなっていった。

ある朝、心身共に疲れ切った西館は、起きるなり、好子の前に正座して提案した。
「一緒に死のうか」

好子は、剣もほろろに撥ねつけた。
「冗談じゃないわよ。死ぬなら、あなた一人で死になさい」

好子は、この辺のところまでは、具合の悪いところを飛ばし飛ばしして「修羅の棲む家」を綴っているけれども、肝心の劇団を解散する前後の事情については口を閉ざして語っていない。なぜ西館と別居することになったかについても明らかにしていない。「修羅」を読んでいると、いきなりこんな文章が飛び出してくるのだ。

<西舘はひたすら食事を作り続けた。彼もまたどう自分の身を処置すべきかを考えていた。そしてある朝、西舘が気がついた時は好子はいなかった。作った食事が寒々とそのままテーブルに置かれているのを見て、西舘もまた旅の用意に入った。二度と戻らない東京との訣別だった>

これを読めば劇団を解散するころになると、多忙な好子に代わって西館が炊事を引き受けていたことがわかる。好子は、この西館に一言も告げることなくマンションを出て姿を消したのである。このやり方を見ると、一切を投げ棄てて、西館のところに走った彼女の身勝手な行動が思い出される。

西館のその後に関しては、好子は、「修羅」のなかにこう書いているだけだ。

<西館は千葉の奥の方で山の斜面を切り崩すという危険な労働の仕事をしているという噂が入ってきていた>

莫大な借金を抱え込んだ好子は、居候になって三女の麻矢に養われることになった。好子はそこで、麻矢の口から、今は幸福に暮らしているらしい前夫ひさしの消息を聞くのである。その部分を好子の著書から引用してみよう。

<麻矢はよほど口惜しかったのだろう。
「それにね、まま、お米、お米とあんなに騒いでいたばばが、今ではすっかりパン党で、パスタだのパンだのしか食べないの。タバコも家では喫わないよ。喫うのは身体にいけないといわれると、本当にとても従順にいうことを聞くの。なんと食器洗いまでするんだよ。男でもやはり変わることができるんだね」
娘は感心しているらしかった。
「(米原ユリは)ままのようにおしゃれでもないし、香水もつけない。ぱばのいうことには絶対逆らわない。だからばばはとてもいい気分でいられるみたい。わたしたちのことは誰にも紹介しないし、名前もいわれない。ぱばの奥さんでいられることだけが幸せなんだつて」>

好子は、麻矢からひさし夫妻の間に男の子が生まれたこと、そして、その出産にひさしが立ち会ったことを聞かされて、これにも驚かされた。ひさしは、再婚しても子供は作らないと、言っていたではないか、と口惜しまぎれにつぶやきながらも、ひさしの現在の幸せは、「夫を無条件に信頼し、口答えをせずに夫を立てる妻」がいることで成立していることを認めざるを得なかった。

(私は、ひさしに関する評伝を読み、彼の妻子が書いた著作を読んで、彼にはアナキストの面影があることを感じている。ひさしは、三人の娘の不登校を放任していたため、彼女らは揃って高卒の免状を持っていないという。この話を聞いて感じるのも、ひさしのアナーキズムなのだ。私は当初、彼のアナーキズムについて書くつもりだったが、まだひさしの作品をほとんど読んでいないために、この拙文を中断しなければならなくなった。今後、機会があったら、この続きを書きたいと思っている)