甘口辛口

「檻のなかの子」を読む(3)

2013/1/11(金) 午後 3:15
「檻のなかの子」(3)


「檻のなかの子」を読んでいると、(アメリカと日本とではいろいろと違うな)と思うことが多い。たとえば、治療者としてのトリイに託された「クライアント(患者)」はケヴィンのほかにチャリティという10歳の少女の二人だけなのだ。これが日本だと、一人の医師(あるいはカウンセラー)が受け持つクライアントの数は、ずっと多数になるのだ。
それから、里親制度も日本とはかなり違っているように思われる。

トリイの手で無言症を治療してもらったケヴィンは、施設で計10年を過ごした後に里親にあずけられることになるけれども、ケヴィンを受け入れてくれたバーチェル夫妻というのは、結婚して2,3年しかたたない20代後半の若夫婦なのである。ケヴィンは施設にいる間に18歳になっていたし、身長も185センチ近くになっていた。そのすでに大人ともいっていいような若者を、まだ20代の若夫婦が親代わりになって面倒をみてやろうというのである。結局、バーチェル夫妻とケヴィンの親子関係はうまく行かず、ケヴィンは施設に返されるのだが、日本だったらこんな若い里親に青年期に達した若者を預けるようなことは、まず、無いだろう。

「檻のなかの子」という単行本の内容もその構成も、わが国の本とはかなり違っている。日本の出版社だったら、こうした本は感動的な美談に仕立て上げて売り出す筈だ。まず少年の頑固な無言症を事細かに描写して、読者に少年はなぜこうした症状を呈するに至ったのかという疑問を抱かせる。次に、少年が義父の虐待を受けていたことを明らかにして、症状の原因を突き止めたトリイの眼力をクローズアップする。

そして最後に、トリイの功績は、彼女のシャープな頭脳によって生みだされたのではなく、愛を求めている不幸な子供の要求に彼女が誠心誠意応えることによって得られたものであることを明確にする。

事実、ケヴィンもチャリティも、トリイの愛を求めていた。「檻のなかの子」の中から、チャリティとトリイが問答をする場面を取り出してみよう。

<「あたしが行ったら、さびしくなる?」とチャリティ。
「ええ、きっとさびしくなるわ」
「あたしのこと、忘れない ? 」
「ええ、忘れないわ」
「言って、神様に誓ってあたしのことは忘れないって」
「神様に誓ってあなたのことは忘れないわ」と、わたしはくりかえした。
「だめだめ。そういったとき、十字を切らなかったもの。もう一度やって。こういうふう に」
彼女はやって見せた。わたしはそのとおりにした。
「いいよ。それから、神様に誓って、あたしもあんたのことは忘れないよ、トリイ・ヘイデン。だって、トリイはほんとにあたしの親友だもの。ほかのだれよりも、トリイはあたしの親友」>

だが、著者はこういう会話を織り込むと同時に、次のような場面も書き込むのだ。ある時ケヴィンが、トリイに「ちっとも面白いことをさせてくれない」と不満を述べたことがある。トリイが、それではあなたは一体何をしたいのかと尋ねると、ケヴィンは絵を描きたいと答える。そこでトリイは、ケヴィンを連れて絵の道具が格納されているクローゼットの鍵を開けて中にはいったのだ。少し長くなけれどもこれに続く場面を原作から引用してみる。

<彼はわたしの後ろに立っていた。わたしとドアのあいだに。いっぽう、わたしはクローゼットの奥のほうにいって棚をひっかきまわしながら、いくつか種類のちがう絵の具を取り出していた。
「ケヴ、どれがほしい ?」
 彼は何もいわなかった。
「ケヴィン、こつちにきて決めてよ」
 明かりが消えた。暗闇のなかでわたしは振り返った。
「ケヴィン」
 何の物音もしなかった。何も見えなかった。
「あなたが電気のスウィッチにさわっちゃったの? それとも停電かしら?」
 彼の息づかいはきこえたが、なにもいわなかった。わたしの頭のなかで疑念がふくらみはじめた。
「なんなの、ケヴィン。 あなたが明かりを消したの」
 彼がわたしのほうに近づいてくる物音がする。このクローゼットのなかなら、それほど動かなくても、すぐにわたしたちは胸と胸をつきあわせることになる。真っ暗だったので、彼の輪郭さえ見えなかった。
「ケヴィン、下がりなさい」
 彼がわたしにおおいかぶさってきた。
「ケヴィン、下がりなさいといったのよ。冗談じゃないわよ。本気でいってるの。下がりなさい」
彼はなおも体を押しっけてきた。彼の体が重くわたしにのしかかってくる。息が熱い。わたしの口のなかで恐怖が胆汁のようにこみあげてきた。
 「こんなことしないで、ケヴィン。やめなさい。やめるのよ」
 「おまえなんか大嫌いだ」彼が囁き返した。その言葉はナイフの刃のように冷たかった。彼の両手がわたしの体の上にあった。肩の上と、胸の上に。
 「ちょっと、ケヴィン、やめてよ。やめなさい」
 「おまえなんか大嫌いだ」
わたしは怖かった。今までの人生でこれほど怖かったことはないというほど怖かった。今まで、どんな状況でも、このときのような気持ちになったことはなかった。恐怖以外のすべての感情がどこかへ行ってしまった。
 そのとき、わけのわからない大きな音がして、彼のズボンの前のチャックが開いた。
「ケヴィン、やめて!」
「ぽくはもう男なんだよ、母さん。ぽくが男だってことを、あんたに見せてやるよ」
「ケヴィン!」
 しばらくのあいだ、わたしたちは暗闇のなかで激しくもみあった。彼はますます体を押しつけてくるし、わたしはこっちへあっちへと体をよじらせた。彼はまだわたしの服をまったくはぎとれないでいた。じようぶなリーバイスのジーンズとシャツの下のしっかりしたブラジャーにわたしは感謝した。
「あんたに見せてやるよ、母さん」ケヴィンは囁いた。
「わたしはあなたのお母さんじゃないわ、ケヴィン」
「うるせえ、ばばあ」彼の手がわたしの顎をつかんだ。「おまえを傷つけてやる。傷つけられるってことがどういうことか、思い知らせてやる」
「あなたがわたしを傷つけたいなんてことないわ、ケヴィン」わたしはいった。彼の体はぴったりわたしにくっついていた。わたしの左耳のすぐそばで彼の息づかいがきこえる。わたしの左の体側に、硬く熱い彼のペニスが感じられた。
「わたしよ、ケヴィン。わたしよ。ほかの人じゃないわ。このわたしを傷つけたいわけないでしょ」
「だまれっていったはずだ。だまれ! 本気でいってるんだ。だまれ!」彼はぐいぐい押してきて、わたしを棚の角のところに押さえつけた。
「ズボンのチャックを上げなさい、ケヴィン。チャックを上げて、明かりをつけて、ここから出ましょう」
「おまえなんか大嫌いだ!くそばばあ。ばばあ、ばばあ、ばばあ、ばばあ、くそばばあ! おまえなんか嫌いだ、嫌いだ、大嫌いだ。だいっきらいなんだよ」
彼はほとんど泣いていて、声も乱れていた。
「わたしはあなたのお母さんじゃないのよ、ケヴィン。お母さんじゃないわ」
「うるせえ!」彼はわたしをだまらせようとして腕を振り上げた。狭い場所だったので、彼の腕がまともにわたしに当たった。予期せぬことだったので、わたしには首をすくめて避ける暇もなく、側頭部を直撃された。両耳ががぁーんと鳴った。
 わたしもとっさに殴り返した。それで動けるようになったので、明かりのスウィッチに手を伸ばし、明かりをつけた。永遠に続くかと思われた夜が消え、四十ワットの明るさが蘇った。
 わたしはずいぶん強くケヴィンを殴ってしまっていた。彼は両腕で顔をおおって床に倒れていた。血が出ていたが、それが彼の血なのかわたしの血なのかわからなかった。彼は泣いていた。苦痛からか、みじめさのせいなのか、それとも両方なのか。わたしはしばらく立っていた。まだ手はスウィッチに触れたまま、彼を見ていた>。

この著書を美談として、あるいはベストセラー狙いの際物として売り出そうとしたら、上記の出来事は排除しなければならない。だが、この本を人間性探求の書として出版しようとしたら、どうしてもこの部分を残しておかなければならない。人間というのは、一筋縄ではいかない生物なのである。

この事件の後で、トリイはケヴィンの担当からはずされる。「檻のなかの子」を読んで面白かったなどといえば、不謹慎のそしりを受けるかもしれない。だが、私には、面白かったのである。