甘口辛口

「子供たちは森に消えた」を読む(1)

2013/1/14(月) 午後 4:51
「子供たちは森に消えた」を読む

BOOK OFFでこの本を見つけて、冒頭の何行かを読んだ時には、これが大量連続殺人事件を扱ったノンフィクションだとは夢にも思わなかった。最初に、本の題名を見たとき、私はこれをSFではないかと思ったのだ。本の書き出しは、こうなっていた。

<一九八二年六月のある晴れた土曜日、リユボフィ・ビリユクという名のロシア人少女が、煙草とパンと砂糖を買うためにザブラフスカヤの村を出た。が、少女は二度と家に戻らなかった。
十三歳になったばかりのリユボフィは背も低くやせっぽちで、まだ幼さの残る少女だった。・・・・(彼女は)母親と同じように地元の国営農場でブドウや牝牛、ガチョウや豚の世話に明け暮れる運命にあるように見えた。リユボフィには一つだけ悪い癖があった。母親から何度言い聞かされても、ヒッチハイクが好きで、どうしてもやめようとしなかったのだ>

この本は、100円コーナーの隅に並んでいたが、カウンターで代金を支払ったら、5円のお釣りが戻ってきた。なんと、新本そのままの美しい本の代金は、95円だったのである。それより、もっと驚いたのは、自宅に戻って読んでみると、本の中身は12年間に53人を殺した犯人が逮捕されるまでを記録したノンフィクションだったのだ。

連続殺人事件は、ミステリーの定番になっている。

殺された被害者が一人だけだと、一冊の本・一本の映画に仕立て上げるには、素材が不足して、どうしても薄手の作品になってしまう。さりとて、被害者があまり多くなりすぎると、作品の現実感が失われる。そこで連続殺人の被害者は4人か5人くらいが丁度いいということになり、事件の被害者数は大体がこのレベルに止められるようになって来ているのである。

だが、事実は小説よりも奇なり。ソ連時代のロシアには一人の犯人が53人を連続して殺すという事件が起きていたのだ。そして、その第一号の被害者がリユボフィ・ビリユクという名の少女だったから、この本の著者は、冒頭にこうした文章を載せたのである。

リユボフィが家を出たきりで戻ってこないので、母親は民警に訴えて出た。すると、二週間後に、少女の死体が自宅から20マイル離れた森の中から発見された。

彼女は仰向けの姿勢で裸にされ、全身に22カ所に及ぶ刺し傷があった。奇妙なことに眼窩に傷跡があり、少女の両眼がえぐり取られていることが判明した。腰骨の周辺に残された傷跡からは、性器が切り取られていることも分かった。

これが、手始めだった。

リユボフィ殺害事件から三ヶ月後に第二の殺人が、それから一ヶ月後には第三の殺人が発見された。被害者は、両方とも成人の女性で全身に刺し傷があり、目がえぐり取られていることはリユボフィの場合と同じだった。そして、第二、第三の事件が、第一の事件現場からさほど遠くない森や林のなかにあったことから、これらの事件の犯人は同一の人物らしいことが推測された。

ほぼ同じ地域から連続して殺人事件が起きたとすると、地方の新聞だけでなく全国紙も事件を大きく取り上げそうなものだが、当時のソ連ではそうはならなかった。

スターリン時代以来、共産党は国内のマスメディアに対して清教徒的な禁欲主義を強制してきたのだ。一般市民の目にふれる書籍や雑誌に、セックスに関する記述が載ることはまずほとんどなかった。映画でも、キスよりもあからさまな場面がスクリーンに映し出されることはなく、精神医学的な障害から男が幼い少女に暴行を加えるという事態など、ソヴィエト市民に想像できるはずがなかった。

ソヴィエトのマスメディアの言うことを額面通りに受けとめるならば、この国の子供たちは年長者からいつも思慮に満ちた助言と愛情を寄せられていることになる。学校の新設やスイミング・プールの開設がニュースになるとき、編集者たちがかならず報道写真に添えるスローガンがあった。「子供はわが国で唯一の特権階級である」というのである。

私はこの本を読んでいて、戦前・戦中の日本を思い出した。ソ連では、第二次世界大戦後も、生徒は男女別々のクラスに振り分けられたから、少年と少女が自由に交流する場はほとんどなく、従って性に絡まるトラブルや犯罪事件はごく少なかった。それで、ソ連では、性道徳の乱れは欧米の資本主義社会に特有の現象だとされていた。その点は日本でも同様で、小学校を卒業すると男と女は別の中等学校に通い、男女が親しくなることはなかった。

一方、裁判では自白が判決の決め手になっていたから、警察官は証拠によって犯行を立証する代わりに、被疑者から自白を引き出すことに全力を注いだ。一人の犯人が、単独で53人もの殺人を実行できたのも、民警が地道な調査を怠り、権力で自白を引き出すことに全力を挙げるという過ちを犯していたからだった。

「子供たちは森に消えた」には、53件の殺人事件のすべてについて具体的な説明があり、正直これらの記述をひとつひとつ読んで行くのは苦痛だったが、それらの説明から浮かんでくるソ連社会の特質のようなもの知ることには興味があった。

53件の犯行に共通している点は二つしかない。すべての死体が道路の近くで発見されていることと、すべての被害者がナイフで殺されていることだった。

被害者の内、17人は16歳以上の女性で、5人は15歳以下の少女だった。5人は男性で、いずれも15歳以下だった。

生殖器を完全にえぐり取られている被害者もいたし、手付かずのままだった者もいた。眼をえぐりとられている被害者もいたが、一部の者、なかでも比較的最近の被害者はその難を免れている。

正確な死亡推定日時を割り出せた事件はいずれも、水曜日と金曜日以外の日に起きており、とくに火曜日と木曜日に多かった。

容疑者を割り出すのは、きわめて困難だった。最重要容疑者は22人、二次的な容疑者グループは44人に達していたからだ。

しかし、ついに犯人が一人に絞られる日がやってきた。

(つづく)