甘口辛口

朝日新聞が「心」の連載を始める(8)

2014/4/27(日) 午前 9:01
朝日新聞が「心」の連載を始める(8)


翌日、「私」は奥さんと顔を合わせたが、普段と変わりない表情をしている。「私」も沈黙を守り、何事もなかったような態度を装っていた。だが、「私」は自分の衝動的な行動を深く恥じていたのだ。

これまでの奥さんの行動に「私」を挑発するようなものがあったことは確かだったし、奥さんの「決して離さない」というような言葉に「私」への執着が溢れていたことも事実だった。しかしそれは、法律上、母と息子の関係になった奥さんが母親としての親しみを誇張して表現した結果だとも思われるのだ。それには、中年の女が若い男に示す軽いあそび心も混じっていたかも知れない。

とにかく、「私」は亡き「先生」のために奥さんを守るという殊勝な気持から奥さんと同居を始めたのである。そして、奥さんに対して不純な欲望を抱くまいとして、自分から養子になりながら、同居6ヶ月にもならないうちにあんな行動に出てしまったのだ。

あんなことをしでかしてから、「私」は針仕事をする奥さんと話をすることを避けるようになり、食事時に奥さんが話しかけても、短い返事を返すだけになった。そんなやりきれない日々を送っているうちに、ふと「私」は「先生」の遺書を読み返してみようと思い立ったのだ。そうすれば、この泥沼にはまったような精神状態から脱出するきっかけを掴めるかもしれないと考えたのである。「先生」の遺書は、「私」が田舎から持ってきている信玄袋の底に隠してあった。

――「先生」は、Kと奥さんの関係を疑って嫉妬に苦しむようになってから、Kを誘って九十九里浜を踏破する旅に出ている。炎天下の田舎道をひたすら歩き続ける苦行のような旅だった。そして、真っ黒に日焼けして、下宿に戻っている。「先生」が、この旅によって救われたかどうか定かでなかったが、「私」も「先生」にならって炎天下を旅して自分を痛めつけようと願ったのだ。折しも、残暑厳しい8月の下旬だった。

「私」は、役所から5日間の休みを取って、「先生」の「遺書」にあるように船で房総半島をまわって保田というところで下船した。それから富浦・那古を経由して銚子を目指すことにしたのだ。奥さんも、「私」が旅行することに賛成だった。部屋にこもってばかりいる「私」の気分転換になると思ったからだ。

「それで何処に行くつもり?」
「実は、未だ決めてないんです」と「私」は目的地をあかさなかった。
「まあ、のんきだこと」と奥さんは笑って「私」を送り出してくれた。

その年の残暑は特に厳しかった。「私」は海沿いの焼けつくような道を黙々と歩き始めたが、何時か「同行二人」という気持ちになっていた。「私」の頭には常に「先生」があり、「私」は「先生」と対話しながら歩いていたのである。

「先生」は繊細な心を持ち、Kの自殺を自分の責任だと思いこんで自らを責め続けた。そのうちに「先生」の思考は広がり、オリジナル・シン(原罪)について日夜思いをめぐらすようになった。「先生」はキリスト教の原罪意識を越えて、生きることそれ自体が罪だと考えるようになったのである。

「生存競争という言葉は、恐ろしい言葉だね」と先生は言ったことがある、「動物は、他の生命を奪うことによってしか存在出来ないのだから」

「先生」は、単に生物世界の食物連鎖のことだけを言っているのではなかった。男が一人の女を手に入れて妻とするまでに、ライバルの男たちを駆逐し、倒さなければならない。それだけではない、他を犠牲にすることなしに、現世で成功することは不可能なのである。

Kに死なれてからの「先生」の人生は、自己呵責に明け暮れていたが、その自己呵責は、人類の罪を背負っての自己呵責でもあった。「先生」は、またこんな話をしたこともある。

「日本には富士山信仰、御嶽山信仰のような山岳宗教があって、信者たちは定期的に山に登るそうだ。そのとき、信者たちは『懺悔』『懺悔』と言いながら登ると聞いたことがある」

「私」は「先生」の言葉を思い出して、いつの間にか「懺悔」「懺悔」と呟きながら歩いていた。そして、子供の頃から今日まで自分が犯してきたあらゆる罪を思い浮かべて、すべての人々に謝罪したいと思った。

そうした思念のためか、連日の暑さのためか、旅に出て4、5日もすると、自分がどこを歩いているのか分からなくなった。人目を避けて寂しい方へ寂しい方へと歩いているうちに、何処とも知れぬ山道に迷い込んでいたのだ。あちこちで蝉がしきりに鳴いていた。

そして昼でも薄暗い森に入り、そこを抜けると、急に視界が開けて眼下に海が見えた。

(この海だ)と思った。

細い道をたどって山を下って行くと、途中に墓地があった。前日から何も食べていないことを思いだして、墓に供えてあった天ぷらや果物を拾って食べた。

人気のない海岸に出たので服を脱ぎ、それをキチンとたたんで積み重ね、その上に手頃な石を乗せた。すると、それが自分の墓標のように見えた。海に入って、沖を目指して泳ぎ始めた。黒潮に乗れば自分は太平洋の真ん中に押し流され息絶えるだろう。そうだ、自分は海の藻屑になるためにここまで来たのだ。

沖を目指して泳いでいると、急に水質が変わって冷たくなり、ハッと正気に戻った。利根川か何か、川の水が海に流れ込んでいる区域に入ったのだ。振り返ると、陸地が遙か遠くなっている。入道雲の下に連なっている青い山並みがひどくなつかしかった。

不意に、奥さんの顔が浮かんできた。奥さんにもう一度会いたい。そして、針仕事をする奥さんと話をしたい。

必死になって、陸に戻ろうとした。だが、体は黒潮に乗ったらしく、いくら泳いでも陸は近くならない。渾身の力で泳ぎ続ける。でも、陸は遠くなるばかりだった。体の力が抜けはじめた。もう陸も見えなくなった。このまま、海に身を任せて仰向けに寝ていたら、黒潮に運ばれて、いずれ何処かで息絶えることになるだろう。

それにしても奥さんを愛した男たちは、みな死ぬことになるのだな、Kも先生も、そして自分も。もしかすると、自分が見ず知らずの先生に惹かれて、しげしげとお宅を訪ねるようになったのは、先生が全身に死の影を宿していたためかもしれない。先生は、他者を犠牲にすることなしに生きることのできない人間の運命に絶望していた。そういう先生に惹かれた自分も、心のどこかで死を求めていたのだ。自分は暗い森を抜けて、眼下に拡がる海を眺めたとき、(この海だ)と思った。この海が自分の死に場所だと思ったのだ。長いとはいえない自分の人生は、「死に場所」を求めて旅だったのだ。

「私」が静かに死を待つ気持ちになったとき、見上げている空に奥さんのやさしい笑顔が浮かんできた。「私」は奥さんに向かって、最後の別れを告げた。さよなら、奥さん。そして、さよなら母さん――

(つづく)