甘口辛口

朝日新聞へのヘイトスピーチ

2014/9/4(木) 午後 6:31
朝日新聞へのヘイトスピーチ

今日の朝日新聞にはびっくりしたが、新聞の記事に驚いたのではなかった。新聞の下段を埋めている週刊誌の広告に驚いたのである。新聞を開いたら左右両面の下段を週刊文春と週刊新潮の広告が大きく出ていて、その左右並んだ双子のような広告に揃って朝日新聞を攻撃するタイトルが大活字で印刷されていたからだ。

週刊文春のトップ記事は、こうなっている。
  「朝日新聞の断末魔」

週刊新潮のトップ記事は、こうである。
  「おごる『朝日』は久しからず」

部外者からすると、新聞社が自社を攻撃する記事を満載した週刊誌の広告を掲載するのは変に思えるし、週刊誌側が朝日を攻撃しながら、その朝日新聞に高額な料金を支払って広告を出すのも不思議に思われたのだ。

でも、アンチ朝日の週刊誌側も、朝日の読者に本や雑誌を読むものが多いと知っているから、朝日新聞に広告を出さざるをえなかっただろうし、朝日の側でもひとたび広告掲載を断って相手を怒らせたら社の利益の根幹部分を為している広告収入が減少してしまう恐れがあると思ったに違いない。双方にこうした痛し痒しの事情があるので、こんな不可思議な現象が生まれたのかもしれなかった。
 
朝日攻撃に血道を上げているのは、出版界だけではない。テレビ業界で最初に公然と朝日新聞攻撃を始めたのは、ワイドショウの「ミヤネ屋」だったが、これが他のテレビ局にも飛び火しているのである。「たかじんのそこまで言って委員会」は前々から右派色の強いメンバーを集めて朝日新聞攻撃を繰り返していたが、これも勢いに乗って朝日攻撃を激化させている。この番組を放映しているのは、「ミヤネ屋」と同様に読売新聞社系のテレビ局だから、読売新聞は恥も外聞もなく、ライバルの朝日攻撃を大々的に始めたわけだ。

周知のように、新聞業界には対立する二つの流派がある。

  リベラル系=朝日新聞、毎日新聞、東京新聞
  保守系=読売新聞、産経新聞、日経新聞

保守系の新聞各社は安倍政権のもとで、今やわが世の春を謳歌している、なにしろ読売新聞は自民党のスポンサーを自認しているし、産経新聞に至っては安倍首相の個人紙だとまで評されているのである。

「たかじんのそこまで言って委員会」のメンバーによる朝日新聞に対する非難は悪罵と言ってもいいレベルに達している。朝日新聞系のテレビ局も、一時、時事座談会を毎週放映していたが、出席者が読売新聞社を攻撃するようなことは絶えてなかった。その点、朝日新聞系のテレビ局の方が、遙かに紳士的だったのである。

では、「たかじん」に顔を出す出席者らは、なぜ、あれほどまでに朝日新聞社やリベラル系の政治家を罵倒するのだろうか。読売系出席者の多くは、朝日系言論人に対して、ある種の劣等感を抱いているからではないかと考える。

戦後間もなく、「岩波文化」と「講談社文化」の対立構造が話題になったことがあった。

岩波書店が高く評価され、同社が新刊本を売り出す前日には店の前に学生たちの徹夜の行列が出来る程だったのは、岩波書店が声価の定まった一流の学者をファミリー執筆者として何人も抱えていたからだった。

この「岩波書店」対「講談社」の構図が、形を変えて「朝日新聞」対「読売新聞」の関係にも残存しているのである。朝日新聞は知識人向けの高級紙で、読売新聞はジャイアンツファンを中心とする大衆紙という印象があり(朝日新聞が読者として想定しているのは大卒の知識層ではなく、高卒程度の学歴層だという)、海外でも日本におけるクオリティ・ペーパー(高質新聞)は朝日新聞だということになっている。

朝日新聞はこうした社会的評価を利用して、世間的な声価の定まっている学者や評論家に執筆を依頼し、その談話を求め、彼らを半ば自社のファミリーグループに仕立て上げている。だから、これから除外され、二流に格落ちした形にされている言論人は立腹するのである。そして、声を荒げて朝日新聞を罵ったりしていると、読売新聞は彼らを拾い上げて「たかじんのそこまで言って委員会」のひな壇に坐らせれくれる。だが、いい気になってはいけない、そんなことをしていると、彼らへの評価は更に落ちて、名実共に三流評論家に位置づけられてしまうからだ。

しかし、「朝日新聞」へのヘイトスピーチを「朝日」対「読売」の対立関係だけから説明するのは間違っている。わが国の、社会構造そのものに問題があるのである。その問題とは、わが国にはどうして力のある野党が育たないのだろうかという疑問に関係している。

先進国の多くは、既得権をバックにした保守勢力と民衆をバックにした左翼政党が対立するという政治構造を続けてきた。ソ連が崩壊して左翼勢力が退潮してからも、保守勢力が圧倒的に優位を占めるという状況にはならなかった。以前の左翼が「中道左派」に変身してリベラル勢力を取り込み、保守派に匹敵する力を持ち続けたからだった。

日本でも自民党に対抗するためには、「中道左派」政党を中核にして在野勢力が結集する必要があったが、反自民党をスローガンに掲げた民主党は、質的には自民党と同じだった。民主党が第二自民党的な政党に他ならないとしたら、党は既得権を握っている階層と手を結ばなければならない。だが、既に自民党と提携している権力層は、民主党に距離を置いて党が望むような態度を見せなかったのだ。

朝日新聞へのヘイトスピーチが続くのは、野党不在の日本、自民党によって支配される日本が、リベラル色の強い勢力を好まないためだ。だが、アンチ・リベラルの時代は何時までも続くとは限らない。そのうちに、この反動は必ず来ると予想される。

朝日新聞へのヘイトスピーチが続くなかで、朝日新聞の解体を要求する声や朝日新聞の購読中止を勧める声が盛んになっている。にもかかわらず、朝日の読者に動揺があるように見えない。それは自民党がいかに強くなろうとも、一強多弱の政局になろうとも、憲法九条を守ろうとする国民の声、原発廃棄を求める国民の声が消滅することがないのと同様なのである。