甘口辛口

三四郎と小泉純一(1)

2014/10/12(日) 午後 10:19
三四郎と小泉純一

漱石「こころ」の連載を終えた朝日新聞は、今度は「三四郎」を連載し始めた。その数回分を新聞で読んでいるうちに、漱石全集の「三四郎」ではなく、鴎外の「青年」を読み返してみたくなった。そして、久しぶりに「青年」を通読してみて、今更のように鴎外の皮肉な人柄を再認識したのであった。

多分、鴎外は「三四郎」を新聞に連載中から興味を持って読んでいたが、やがて漱石に対して不満を抱き始めたのではなかろうか。鴎外は、同じテーマで小説を書くとしたら、自分だったらこう書くのだが、と考えはじめ、それで、「三四郎」が終わるのを待って、鴎外版「三四郎」を書き始めたのである。

鴎外が「三四郎」に感じた不満は、この作品が若者の成長過程を描く教養小説として書かれながら、三四郎が何時までたっても「ストレイ・シープ」の段階に留まっていて一向に人間的成長の跡を見せてくれないからだった。三四郎は地方から東京に出てきたものの、何の職業を選び、将来、何をポリシーにして生きるべきか、そのヒントさえつかめずに右往左往を続けているうちに作品は終わってしまうのだ。

女性関係でも上京するとき、車中で乗り合わせた女から、「度胸のない方ですね」と酷評された段階から一歩も進んでいない。

こういう三四郎を念頭に置いて、鴎外は「青年」の小泉純一を成長小説の主人公として模範的な存在に仕立て上げている。しかも、小泉純一を三四郎を取り巻く副人物たちとよく似た人物の中に投げ入れて置いて、三四郎との差異を際だたせるのだ。

三四郎の身辺には舞台回しの役を務める「与次郎」という友人がいたが、小泉純一にも、これと寸分変わらない役割を果たす「瀬戸」という友人がいる。三四郎が兄事する先輩に野々宮がいるのに対し、小泉純一には大村がいて、この二人とも野々宮は物理学者、大村は医学生で共に理系の人間なのである。

ただ、三四郎には「偉大なる暗闇」の広田先生がいたが、小泉純一には特に決まった師はいない。これには、ちゃんとした理由があるのであって、純一はもはや師を必要としないほど成熟している青年だったからだ。彼は将来作家になる夢を持っていたから、中学校を卒業しても大学に進学せず、外人牧師のところに通ってフランス語を学び、フランスの文学書を自由に読みこなせるようになってから、東京に出てきている。

作家志望の若者は、小説家になりたいという気持ばかりが強く、何を書くべきか具体的なテーマを持っていないというのが通例だが、純一は最初から現代社会を描こうという目的意識をハッキリ持っている。将来の見通しについて三四郎より二歩も三歩も先を行っていた純一は、女性関係でも遙かに先行していた。三四郎は里見美禰子を愛しながら最後まで手を出せないでいたのに対し、純一は美貌の未亡人坂井れい子と肉体関係を結び、相手の性格の底に通俗的なものがあると悟って未亡人と手を切っている。

作品の最後まで、成長の跡を示し得なかった三四郎に比して、純一は実に鮮やかな飛躍を見せる。現代社会の実像を描こうとしていたそれまでの方針を捨てて、彼は古い時代を題材にした古典的な作品を書くことに方向転換するのである。作品の末尾に、この転換を持ってくることによって「青年」を成長文学として筋道の通ったものにして、漱石流の成長小説との差を見せつけたのである。

しかし、読者が「三四郎」と「青年」を比較して、どちらを取るかということになれば、小説的な素材を多量に含み、それらを首尾一貫した形に並べて見せた鴎外の「青年」よりは、終始もたもたして、愛する里見美禰子からもあっさり見捨てられる純朴な若者を描いた「三四郎」を取るものの方が多いのではなかろうか。それは、若き日の漱石の恋愛体験が母体になって作品が書かれているからではないかと思われるのだ。
(つづく)