甘口辛口

日本への違和感(1)

2014/10/28(火) 午前 9:24
日本への違和感

活字本を電子本にする作業を続けている。

このためには活字本をバラバラにする裁断器が必要だし、バラバラになったページを読み込んでコピーするScan Snapという機器が必要になる。そのほか、カッターや鋏などの小道具も用意しておかなければならない。それで今年に入ってから、これらの機器や小道具をまとめて畑の真ん中に建てたプレハブ小屋に移し、ここを自炊本をこしらえるための作業場にした、名付けて「自炊本工房」。

毎日、一定時間をこの工房にこもって作業をしているうちに、Scan Snapが動かなくなった。それで、これを買い換えているうちにこの機器は三台目になったし、裁断機も連日の酷使で刃が摩耗して紙を切断できなくなってしまった為、これも新たに買い換えることになった。

そうこうしているうちに、作業は文庫本を電子化する段階に進み、家の中のあちこちに眠っていた小型本を次々に「工房」に運び込むことになる。文庫本は書店や古本屋に行って、題名だけ見て面白そうだと衝動買いしたものが多く、その半分は翻訳物のミステリーだったが、これはすべて売り払ってしまったから、残っているのは小説以外の分野の雑然とした本ばかりだ。

それを一冊ずつ自炊本にしていくうちに分かったことがあった。残っている文庫本のほぼ半数近くが比較文化論関係の本だったのである。愚老はこれまで自分の内面に社会学に対する強い関心があることを知らないでいたのだ。自分が、哲学・心理学・文学などではなく、、社会学──それも日本社会を意識した比較文化論のようなものに、長い間、関心を抱き続けていたことを知らされたことはちょっとした驚きだった。

だが、その興味なるものは一向に深まらず、解説書や教養書を覗き見する程度に止まっていた。だから、自分の内面に起きていた好奇心や嗜好に、気づかずにいたのである。

試みに、今回、電子本化した文庫本の書名を紹介してみよう。
  日本人と英国人
  静かに流れよテムズ川
  中国人の考え方
  日本人と中国人
  道教と日本人
  梅干しと日本刀
  米食と肉食の文明
         などなど

自分の興味が浅いところで止まっていて深まらなかったのは、日本の社会に違和感を抱きながら、その違和感をそのままにして放置していたからだった。愚老は、問題を抱え込んだまま、それを根本から解決することを避けていたのである。

永井荷風は大逆事件の被告が護送馬車に乗せられて裁判所に運ばれていくのを見て(この国はダメだ)と心底から痛感し、日本に愛想を尽かしている。以来、彼は完璧なアウトサイダーとして破滅的な戦争に向かう日本を冷ややかな眼で眺め、日本が降伏しても眉一つ動かさなかった。こういう荷風にくらべたら、こちらの違和感など取り上げるに値しないほど曖昧なものだったから、自分でも内面に眠っていた社会学に対する興味に気づかずにいたのであった。

89歳になって自らの嗜好に気づかされた愚老が、さしあたり着手したのはインターネットを通じて、「丸山真男全集」と山本七平の著書数冊を注文することだった。

山本七平の本を注文する気になったのは、以前に「ユダヤ人と日本人」を読んで比較文化論としては出色の本だと感服していたからだった。ただ、その宗教論議には辟易したので、その後は書店で彼の本を見かけても手を出さずにいたのだ。だから本が届いたとき、丸山真男全集を後回しにして、山本七平の「ある異常体験者の偏見」を取り上げた。題名に興味を惹かれたからだった。

(つづく)