甘口辛口

イジメの病理(2)

2006/11/17(金) 午前 11:18
私は長いこと高校の教員をしてきたが、安保闘争が終わり世の中が静かになった頃から、新しく採用されてくる教員の質が変わってきたような気がしている。原因は、教員志望の若者が増え、採用試験がそれだけ難しくなってきたことにあると思う。

それ以前には、教員になるためのハードルが低かったから、いろいろなタイプの学生が採用されていたのである。それが競争激化の結果、教委のお好きな中学・高校・大学を通して成績優秀な模範生タイプの学生を数多く採用できるようになったのだ。苦労知らずのお坊ちゃんタイプの学生も、明るくて素直だというので教委のめがねにかなって採用されるケースが増えた。

これまで無事平穏に生きてきた優等生型の教員や、育ちのいい良家の子弟風の教員が主流になったら、学校にどんなことが起こるか。──生徒への押さえがきかなくなるのだ。問題行動を起こす乱暴者の生徒を手なずける教員がいなくなるのである。

生徒数600名程度の平均的な地域高校には、放っておけば非行に走るような「問題児」が5,6名はいる。生活指導担当の教員が彼らに目を光らせ、卒業するまでおとなしくさせておけば、一般の生徒も助かるし、地域の評判もよくなる。だから一校の命運は、生活指導教諭の腕にかかっているといってもいいくらいなのだ。

ところが、最近の教員は問題生徒を手なずけるという点で、全く物の用に立たないのである。

優等生型・良家の子弟型の教員とは、一言でいえば明哲保身型の教員だから、学校時代をトラブルを避けて要領よく生きてきた。彼らは修羅場をくぐったことがないのだ。だから、彼らは本質的に臆病であり、内心で非行生徒を恐れている。問題を起こした生徒を呼んで説諭を試みても、相手にふてぶてしい態度で居直られると、もうおたおたして対応の仕方が分からなくなる。

昔、生活指導の面で難治校といわれた高校に勤めていたことがある。その学校に問題児を手なずけることに妙を得た教員がいて、彼から打ち明け話を聞いたことがある。彼は事件を起こしそうな生徒に近づいて親しくなり、自宅に呼んで話をしているというのだ。当時は、生徒が学校でタバコを吸ったりすることも非行として厳しく糾弾されていた時代だったが、彼は、「いいか、学校でタバコを吸っちゃ駄目だぞ。タバコを吸いたくなったらおれの家に来い」といって自宅で生徒と一緒にタバコを吸っていたという。

彼はまた、教員としてはあるまじきことを平気でやっていた。遊びにくる生徒たちに、口癖のようにこう言っていたそうである。

「お前ら、在学中は、悪いことをするなよ。おれは生活指導部の教員だからな、おれの顔をつぶすようなことをするんじゃないぞ」

私は退職する前に、この教員の話を教頭にしたら、生徒の「問題行動」に悩んでいた教頭はよだれが垂れんばかりの顔をした。
「うちの学校にも、そういう先生がいてくれたらなあ」

教育というのはきれいごとではないから、時に手練手管も必要なのだ。ところが、明哲保身型の教員は、身の安全を保つことばかりに頭を使ってきたから、この手練手管というものを知らない。荒れる教室を前にして、為すところを知らず、茫然と立ちすくむだけなのだ。軍隊にも、老練な分隊長がいて、「程度の悪い」古兵を手なずけていた。そういう分隊長の下では、新兵いじめは少なかったし、隊内に自堕落な空気もなかった。

いじめを防ぐには、ルーム長の存在も大きい。
父母は、担任の教師についてアタリ・ハズレを口にするけれども、わが子が在籍するクラスのリーダーがどんな生徒であるかはあまり気にしていない。

クラスのリーダーになる生徒には、いろいろなタイプがある。困るのは、人気者タイプの生徒がルーム長になったりする場合で、こういう生徒は揺れ動く教室の空気と共に動き、その尻馬に乗って行動するから学級崩壊を助長することにもなりかねない。自己保身型のルーム長も困りものでる。クラスに難題が生じても、自分の手を汚すことをきらって、見て見ぬふりをするからだ。

一番望ましいのは、ひそかに生徒たちの信望を集めている生徒がルーム長になることだ。こういう生徒はクラスの役職につくことを避ける傾向があるので、うまく誘導してルーム長にしなければならない。そうすればクラスの空気は一変するのである。

こういうルーム長のまわりには、実力派の生徒が自然に集まってきて、教室の指導部を形成する。こうなると指導層の生徒が何も言わなくても、クラスの空気は自然に改まり、いじめなどもなくなる。ところが、担任が明哲保身型の教師だと、ぶりっ子にだまされて、これをクラスのリーダーにしようとする。自分のことばかりにかまけている明哲保身型の教員には、何年教員をやっていて人を見る明が身に付かないのだ。

生徒にとって、学校の教員というのは大人の見本市だから、いろいろなタイプがあった方がいい。優等生型の教師ばかりだったら、息が詰まるのである。

仲間から信望を集めている生徒とは、人間としての思いやりに富んだ「人道主義的な生徒」なのだから、教員もこうした生徒を引き出すように努め、自らもヒューマニズムを基本に生徒に接しなければならない。生徒に愛国心に基づく「統一行動」を求める安倍信三・石原慎太郎などの路線は、愚の骨頂である。