坂口安吾は、天皇をどう見ていただろか。
安吾は既成概念や常識にとらわれることなく、すべてを白紙の立場で眺める作家だった。世間が堕落だと糾弾するような行為を、いや、それは人間本来の姿に戻ったに過ぎないと弁護する(「堕落論」)。わが国が誇りとする法隆寺などの文化遺産についても、いずれは滅びる古いものに執着するよりも、次々と生まれてくる新時代の建築美に目を向けたらどうかと勧告する(「日本文化私観」)。
こんな具合に彼は、われわれの周囲に張り巡らされた習慣的な物の見方や偏見を取り払い、事態をありのままに、「事実唯真」の目で見て行く。天皇制についても、彼は「戦争論」というエッセーのなかで、こう説明するのである。「政府は国民を統治する方便として天皇を担ぎ出したに過ぎないのに、民間では天皇を狂信の対象にして、軍国暗黒の時代に走ってしまった」と。
先日、安吾の全集を読んでいたら、「天皇陛下にささぐる言葉」というエッセーが見つかった。この評論は、敗戦後暫く表に出なかった天皇が国内各地を巡遊して国民の熱狂的な歓迎を受けるようになった昭和23年に発表されたもので、「天皇陛下が旅行して歩くことは、人間誰しも旅行するもの、あたりまえのことであるが、現在のような旅行の仕方は、危険千万と言わざるを得ない」と書き出すところから始まっている。
当時は、まだ天皇を神聖視する見方が色濃く残っていたから、天皇を迎える各地の狂奔ぶりは常軌を逸していた。天皇が通過する道筋は、塵一つ無いまでに徹底的に掃き清められ、東北の某県では天皇が宿泊することになった旅館の従業員全員の検便まで行っている。この検便の仕方がまた物凄いもので、排出された便ではなく、肛門内に匙を差し込んで直接に直腸内から便を採取して調べるというものだった。
こうした騒ぎを皮肉って、雑誌「真相」は、顔の部分を箒にした天皇の写真を掲載した。そして「天皇はホウキである」という見出しを付けたから、保守層は不敬罪だ何だと大騒ぎをした。この頃には、偶像破壊運動も盛んで、皇居前で開催されたメーデーには、「朕ハタラフク食ッテイル。汝臣民飢エテ死ネ」というプラカードが出現したりしていたのだ。
こんな時代相を背景に、安吾は、「人間の値打ちというものは、実質的なものだ」という主張を打ち出すのである。天皇という虚名によって尊敬を集めようとしても、無理な相談というものだ。にもかかわらず、「宮内省」は天皇服をこしらえて天皇に着せたり、天皇に「朕」という一人称をしゃべらせたりして架空の威厳を作り出し、天皇を一般の人間よりも格上げしようと腐心している。
安吾はズバリと言うのである。
──「実質なきところに架空の威厳をつくろうとすると、それはただ、架空の威厳によって愚弄され、風刺され、復讐を受けるばかりである」
天皇も天皇なら、これに熱狂する国民も国民だと、彼は天皇を迎えて沿道にひれ伏す国民にも苦言を呈する。
──「地にぬかずくのは気違い沙汰だ。天皇は目下、気ちがいどもの人気を博し、歓呼の嵐を受けている。・・・・・天皇の人気には、批判がない。一種の宗教、狂信的な人気であり、その在り方は邪教の教祖の信徒との結びつきの在り方と全く同じ性質のものなのである」
安吾は、「人間関係というものには、それぞれの個人の有する実質によって決まるノーマルなものと、権力が介入して虚構された人間的実質によらないアブノーマルなものがある」と考えていた。天皇と国民の関係は、人工的に作為された不自然なものだから、国民は狂信的に天皇を仰ぐか、逆に不当に天皇を侮蔑するか、いずれかになる。
こういう不自然な状況をあらためるには、天皇と国民の関係を普通なもの、ノーマルなものに切り替えるしかない。安吾は、次のように提言する。
「 天皇が人間ならば、もっと、つつましさがなければならぬ。天皇が我々と同じ混雑の電車で出勤する、それをふと国民が気がついて、サアサア、天皇、どうぞおかけ下さい、と席をすすめる。これだけの自然の尊敬が持続すればそれでよい。天皇が国民から受ける尊敬の在り方が、そのようなものとなるとき、日本は真に民主国となり、礼節正しく、人情あつい国となっている筈だ」
坂口安吾は無頼派の作家と言われ、異端の言説で名をはせたと思われている。しかし、彼は常に当たり前なこと、ノーマルなことしか言っていないのである。現在、マスコミを賑わせている皇太子妃の問題も、安吾が提言するように皇室と国民の関係を普通の関係に戻せば自然に解決する筈なのだ。
最後に、安吾は次のような未来図を描いている。
「陛下は当分、宮城にとじこもって、お好きな生物学にでも熱中されるがよろしい。そして、そのうち、国民から忘れられ、そして、忘れられたころに、東京もどうやら復興しているであろう、そして復興した銀座へ、研究室からフラリと散歩にでてこられるがよろしい。陛下と気のついた通行人の幾人かは、別にオジギもしないであろうが、道をゆずってあげるであろう」