甘口辛口

「心」の続編パートU(その1)

2009/8/11(火) 午後 6:14

<「心」の続編(パートU)>


必要があって以前に書いたブログを調べていたら、自身の老化現象を示すような書き込みを発見してがっかりしている。

私は一ヶ月前、当ブログに、<「心」に見る同性愛>という記事を書き、更に、よせばいいのに、「心」の続編はこんな具合にしたらどうだろうかと、その構想まで提案している。ところが、驚いたことに、私は一年前にも、<漱石の「心」は同性愛小説家か?>という記事を書き、それに続けて、<「心」の続編>という題のブログを二回続きで書いているのである。

一ヶ月前に「心」について書いたときには、一年前にほぼ同じような趣旨の記事を書いていたことなど完全に忘れていた。まして、「心」の続編について具体的な腹案を書き込んでいたことなど、すっかり忘れてしまっていた。

がっかりしたことは、まだあった。私は、やはり一ヶ月前に鴎外の女性関係について論じた書き込みをして、児玉せきや木村元の存在に触れたのだが、これもほぼ同じ内容を以前にブログに書いていたのだ。年をとると、呆けてきて同じ話を繰り返すようになるものと承知していたが、自分がこれほどまでに呆けてしまったとは情けない話である。

しかし、一年前に書いていた「心」の続編に関する書き込みは、読み返してみたら、自画自賛かも知れないが、それほど馬鹿馬鹿しいものではなかった。

先日考えた続編プランは、奥さんと「私」の間の心理的な駆け引きをテーマにしたものだった。一年前のブログに書き込んだのは、今回のものに比べるとずっと単純で、奥さんと「私」の恋愛をテーマにしたプランになっている。

以前の構想は、こうだった( http://blogs.yahoo.co.jp/kazenozizi3394/43417602.htmlを参照されたい)。

「先生」の死後、小金を持った美しい未亡人を射落とそうと、いろいろな中年男が奥さんに接近してくる。中でも一番執拗なのが、先生の生前、資産管理の相談に乗っていた銀行の支店長だった。彼はこの際、銀行に預けてある預金を債券に振り向けるように奥さんを説得し始めたのである。

支店長は銀行の金を使い込んでいて、その穴埋めに奥さんの金を引き出そうとしていたのだった。支店長は、酒に酔って夜、奥さんのところにやってくる。女中も怖がって部屋に籠もって出てこない。

その頃、「私」は東京で就職し、勤め先の近くに下宿していたが、奥さんから支店長が押しかけてきて困っている、暫くの間、家に泊まりに来てくれないかと頼まれ、奥さん宅に移ることになるのだ。

奥さんの家に泊まり込むようになって半月ほどした頃だった。残業で遅くなって夜半に帰宅した「私」は、門の中に足を一歩入れたところで塀の陰に隠れていた支店長に襲撃されて肩を刺される。「私」が相手と格闘していると、隣家の主人も応援に駆けつけて、支店長をその場に組み伏せてくれた。支店長は、連絡を受けてやってきた巡査によって、警察に連行される。

この事件は、新聞沙汰になった。新聞には、使い込みをした支店長が、毒を食らわば皿までとばかり、かねてから思いを寄せていた未亡人を襲ったと書いてあった。が、彼はたまたま泊まりに来ていた親戚の青年に取り押さえられ、警察に引き渡される。記事によると、青年は短刀を振りかざして襲いかかる支店長と素手で渡り合い、たちまちのうちに組み伏せたということになっている。

奥さんは、「私」の怪我の手当をしながら、

「新聞はいいことを書いてくれたわね。お陰で、あなたは私の親戚ということになったのだから、遠慮なくずっとここにいてくれていいのよ。いいえ、あなたは何時までもここにいて私を守ってくれなきゃいけないわ、親戚なんですもの」

奥さんが「何時までも私を守ってほしい」というのはどういう意味だろうか。「私」は動揺した。そして、混乱した感情をそのまま目色に見せる。すると、奥さんは「私」の気持ちを見透かしたように、からかうような口調で付け足した。

「でも、私みたいなおばあさんと一緒に暮らすのがお気に召さないなら、無理に引き留めないけれど」

「私」は、23歳だが、奥さんは37歳になる。奥さんが自分のことを「おばあさん」と言ったりするのは、二人の年齢差を気にしているからだった。

勤めを休んで奥さんから「看病」されていた四日の間に、「私」は先生の遺書の問題について決断を迫られるようになる。奥さんが看病を口実に「私」の寝ている部屋に入り浸っているうちに、話題は自然に先生の遺書の件になるのだった。

「私は、あの人の家内だったのよ。それなのに、主人が自殺した理由を、あなたが知っていて私が知らないなんてことがあるかしら」と奥さんは、目に涙を浮かべて「私」をなじる。そして、ヒステリックに、「あの人は私が嫌いになって死んだのね。もう、私と一緒に暮らす気がなくなったんだわ」と口走る。

にもかかわらず、「私」が持ちこたえたのは、奥さんの涙より先生との間の信頼関係を大事にしたからだった。しかし、その「私」も、態度を変えざるを得なくなった。奥さんにこういわれたからだ。

「あなたもあの人と同じように私を子供扱いにして、お腹の中で私を小馬鹿にしているのね」と鋭く責めたてたのだ。

「主人は、いつか私たち夫婦に子供が生まれないのは天罰だと言ったでしょう。女にとって子供が生まれないということは、とても大きな問題なのよ。それなのに主人は、自分一人で飲み込み顔をして天罰だなんて言い切って、その天罰の中身を説明しようともしない。あの人は大事な問題になると、何時でも思わせぶりな言い方しかしないの」

「私」は奥さんの家を引き上げる前夜に、ついに奥さんにすべてを話してしまう。

奥さんは、Kが彼女を愛していたと聞かされて、ショックを受けたようだった。「私」の話が終わると、奥さんは長い間窓の外を見ていた。やがてこわばった表情のまま部屋を出て行った。それが昼食前のことだった。

昼食の膳は女中が運んできた。奥さんはどうしたのかと尋ねると、外出したという。暗くなってから奥さんの帰ってきた気配がしたが、夕食を運んできたのはやはり女中だった。
「私」が奥さんと再び顔を合わせたのは、奥さんの家を出る日の朝だった。朝食を運んできた奥さんは、努めて普段通りに振る舞おうとしていた。奥さんは自分の方から、前日の自身の行動について打ち明けた。

「私は久しぶりに墓参りに行ってきたの。三人の墓に花を供えて、二人の墓の前でたっぷり泣いてきたわ」

三人というのは、奥さんの母親と先生とKで、彼らの墓は同じ場所にあるのだ。奥さんが泣いてきたという二人の墓は、無論、先生とKのものだ。

「私が二人を死なせたんですものね」

「いや──」

「ええ、確かに私には直接の責任はないわ。でも、私が生きているだけで、結果として、あの二人にとって禍(わざわい)の種だったのよ」

「──」

「私は、あなたにとっても禍の種になっているかもしれない。あなたを今日まで引き留めたことは、私の間違いだった。あなたは、この家を出て行ったら、もう二度とここに来ては駄目よ」

「何を言うんです。僕は奥さんを一生守って行きます」といった後で、「私」は思いも寄らないことを口走っていた、「奥さんのそばにずっと居るために、僕を養子にして下さい」

・・・・瓢箪から駒が出るという言葉がある。半年後に、「私」は奥さんと養子縁組を結んで、正式に同じ屋根の下で暮らすことになったのだ。そして、愛する女性を母と呼んで生きるという苦渋の生涯を自ら選んだのだ。

(つづく)