甘口辛口

妻を殴る首相

2006/10/10(火) 午前 9:04
若さに任せて、中国・韓国を歴訪する安倍首相の表情をテレビで見ていたら、さすがに疲労したのだろう、何時も愛想よくしている彼が、時折、無表情になることがあった。すると、顔がびっくりするほど佐藤栄作に似てくるのである。とくに、眉から目にかけて佐藤栄作そのままになる。佐藤栄作は、岸信介の実弟で安倍首相とは親戚関係になるから、こうなるのは自然のことかも知れない。

しかし、風貌が似ているのはそこまでで、両者の「眼光」には大きな差があった。佐藤栄作の目は、その底に一種酷薄な光をたたえていた。けれども、安倍晋三の目にはその種の光はなく、ごくありきたりの目色を見せている。要するに、安倍晋三は、佐藤栄作に比して平凡な顔をしているのである。

佐藤栄作は公開の席で人当たりがよかったのに、密室で一対一の関係になると途端に強くなって、有無を言わせず相手をねじ伏せたといわれる。彼が官界で運輸官僚という傍系の出身だったにもかかわらず首相の座を射止め、しかも歴代総理のうちでもっとも長期間、政権を維持することができたのも、この「外柔内剛」型のパーソナリティーのためだったと思われる。

彼は兄岸信介のように、どうしても実現したいと思う政策を持っていなかった。首相になっても、その時々の重要課題をそつなくこなしていっただけだった。彼は世論の動向を見据えながら、臆病なほど慎重に政権を運営していったのである。必要とあれば社会党の政策を取り込み、薄氷を踏むようにして内閣を維持していった。

佐藤は、「待ちの政治家」だったといわれる。党内の意見や世論が分裂しているようなときには、自分で結論を出さずに、どちらか一方が優勢になるのを辛抱強く待っていた。そして、勝ち馬に乗るような形で自らの身を優勢の側に置いて決断した。

外に対しては柔軟で自説を押しつけることをしないのに、一対一になると変貌して鬼のように強腰になるという佐藤栄作の手法は、多くの犠牲者を生み出した。その犠牲者の第一号は家族だったらしい。佐藤栄作は、ミニスカートをはくことで有名になった夫人をしばしば殴ったから、アメリカでは「ワイフ・ビーティング(妻を殴る)」の首相と呼ばれた。佐藤夫人は、秘書に恋文を送り、愛情面で夫を裏切っているし、佐藤栄作の死後、跡を継いで国会議員になった息子も大成しなかった。これらは、犠牲者による復讐だったのではないだろうか。

一見すると、安倍晋三は佐藤栄作とは逆のタイプに見える。
安倍はこれまで党内右翼のホープとして、歴史教科書を糾弾し、男女同権に反対し、憲法改正を主唱してきた。だが、表で強腰なところを見せた彼は、一人になって組閣名簿を作る段になると弱腰になり、論功行賞型、お仲間集合型の内閣を作ってしまった。

佐藤栄作は、性格も政策も異なる福田赳夫と田中角栄を競わせて政権の牽引力にするという人の悪い術策を用いたが、安倍晋三には、そうした深慮遠謀はなかった。この辺が苦労知らずのお坊ちゃんの特徴であり、限界なのかも知れない。

安倍晋三が年齢を重ね、もう少し肥満してきたら、その容貌はいよいよ佐藤栄作に似てくるだろうと思われる。彼が政治家として大成するか否かは、眼光に佐藤栄作風の非情・酷薄な感じが加わってくるか否かにかかっている。しかし、安倍晋三が佐藤栄作のような能力を身につけたら、日本もおしまいだという気もするのである。