甘口辛口

韓国人による日本人論

2008/3/16(日) 午後 10:14
<韓国人による日本人論>

信濃毎日新聞を読んでいたら、往年のベストセラー「<縮み>志向の日本人」についての解説が載っていた。私はこの本を読んでいなかったから、著者は日本人の特技とする小型化技術を頭に置いて、「日本人論」を展開しているのだろうと想像していたのだ。

あの頃は、ソニーの開発したトランジスターラジオが評判を呼んでいて、私は電器店の主人からこんな話を聞いたことがある──ある日、彼のところにトランジスターラジオを修理してほしいと言ってきた娘がいた。入院していた知人にラジオを貸したけれども、バイキンがついていないかと心配になり、戻ってきたラジオをご飯蒸し器に入れて蒸したというのだ。電器商は、ダメだろうと思いながら修理したら、ちゃんと音が出るようになったという話。

しかし、今度、新聞の解説を読んでみたら、「<縮み>志向の日本人」はどうやらトランジスターラジオとは関係のない本らしかった。著者の韓国人李御寧は、こう語っている。

「縮み志向というと悪い意味にとられがちだが、日本はちっぽけな島国だから心が小さいというような話ではない。日本の文化には、大きなものを縮めるときと、小さなものを拡げるときがある。その縮めるときに日本文化は華開いているということを本に書いたのだ」

縮み志向と呼ぶべき時代は室町時代・江戸時代で、この時代に日本独特の城郭や茶道・華道が発達したと、著者はいう。日本人は鎖国状態にあるときに、「大きななものを縮める」ことに努め、その結果かえって意識を拡げることになったというのである。

これに反して、広がり志向の時代に日本は手痛い失敗を繰り返して来た。大陸に攻め込もうとした豊臣秀吉も、軍事力でアジアを制圧しようとした日本軍部も、惨めな敗北を喫している。広がり志向の時代には、日本人は過剰な自信を抱いて自滅し、反対に自信を失った時に本当の日本文化を生み出しているのだ。

著者の李御寧は、こんな具合に日本人には「広がり志向」と「縮み志向」の二面があり、「縮み志向」が優勢になった時代にこそ、日本文化は深化し発展していると説くのである。

李御寧が文化について言っていることを政治・経済の面で強調したのが、石橋湛山だった。石橋湛山は、戦前から日本人の大国主義に反対して、小国主義を唱道している。日本は海外市場を確保するために軍事力で中国を制圧しようとしているが、軍事予算を国内産業の育成に振り向けて国を豊かにすれば、海外市場に依存する必要はなくなると強調したのだった。

現代の中国人は、日本を侮蔑するときに「小日本」という。敗戦前の日本が自国を「大日本」と呼んでいたことを逆手にとっての蔑称なのだ。少子高齢化で現実に小国化しつつあるわが国は、むしろ「小日本」であることを積極的に受け入れ、そこから未来を切り開いて行くべきではなかろうか。

日本というのは、大陸の周辺部に位置する小国だったから、自前で文字や学芸を育てる力がなかった。そのことを日本人は恥じる必要はない。地理的な必然から、わが国は他国の生み出した文化を一方的に受け入れる処女地になり、島国日本には儒教・仏教・キリスト教などが吹き寄せられるように集まって、これらが少しずつ変形されながら現在まで保存されて来たのだ。

日本人はすべて、こうした吹きだまりの雑種文化のなかで育てられてきたから、外国の美術工芸品を実物ではなく写真版で鑑賞し、他国の思想や文学を原語ではなく翻訳本で読んで、自己を形成してきた。

これは弱点でもあるし、長所にもなる。固定した文化に縛られないからこそ、日本人は遠慮会釈もなく、外国から持ち込まれる多種多様な技術や工業製品を使い勝手のいいように改良出来たのだ。日本が世界に送り出す製品は、欧米の製品を換骨奪胎して小型化し、簡素化し、利便性を加えて平易にしたものだった。

日本が世界に送り出すアニメも、全世界の多種多様な芸術作品を寄せ集め、利便性を加えて読みやすくしたものなのだ。日本が世界に誇る工業製品も芸術作品も、日本文化を特色づける吹きだまり文化、雑種文化の産物に他ならない。

とにかく私は、新聞に載っていた韓国人の日本人論を読んで、あれやこれや、いろいろなことを考えたのであった。