甘口辛口

眠い少年殺人者(1)

2006/11/7(火) 午後 0:08
今年の6月に起きた「奈良医師宅放火殺人事件」の詳細を月刊誌、週刊誌などで読んでいるうちに、犯人の少年が重要な場面でやたらに寝過ごしていることに気がついた。犯人は「IQ130の天才少年」ということになっているのに、どうして肝心の場面で寝過ごすようなヘマなことをするのだろうか。

まず、少年がどういう場面で寝過ごしているか、それを順を追って述べてみよう(以下に述べる文章は、月刊現代、週刊現代の両誌に掲載された草薙厚子のルポルタージュに依拠している)。

少年は父も医師、義母も医師というエリート一家で成長している。父には、自分の息子も医師に育て上げなければならぬという執念があり、少年に過酷な勉強を強いた。おかげで少年は県内随一の名門私立学園に入学できたものの、その後の成績はふるわず、入学後最初の中間試験の結果は、176人中の162番という惨憺たる結果に終わる。怒り狂った父が息子に殴る蹴るの暴力を働き、ついには持っていたシャ−プペンシルを少年の頭に突き刺すようなことまでしたので、少年はその後成績表を改竄したり、テストの点数について嘘の報告をするようになる。

中2に進んだ少年は、5月下旬の中間試験でも父を怒らせるような成績を取ってしまう。英語の点数が平均を20点も下回ってしまったのだ。彼はウソの報告をして当座をごまかしたが、6月20日には保護者会が開かれるから、真相が明らかになってしまう。そこで、少年は保護者会が開かれる前々日の6月18日に父を殺害することを決意し、その準備にとりかかるのである。

家に放火して父を焼き殺す時間を19日の午前3時と決め、少年は携帯電話のアラームをセットする。そして、夜、ひとまず布団に入る。だが、彼はアラームの音に気がつかず寝過ごしてしまい、目を覚ましたときには朝になっていた。こうなれば、計画を一日延期するしかない。

19日に、彼は普段通り登校し、帰宅後、英会話教室に出かけている。午後10時ころ家に戻ってみると、父の姿が見えない。義母に尋ねると、父は今晩、勤務先の病院に泊まり込むことになったという。目標の父が不在なのだから、計画を中止すべきだったが、彼は予定通り実行することにして、20日の午前3時に決行可能になるようにアラームをセットして寝につくのだ。

ところがアラームを5回分もセットして置いたにもかかわらず、彼はまたもや寝過ごしてしまうのである。彼が目覚めたときには、時計は午前4時15分になっていた。少年は急いで用意してあった2缶のサラダ油を廊下に撒いて火をつけ、貯金の三千円を懐に家を飛び出した。これ以後、逮捕されるまで51時間に及ぶ逃亡劇が開始されるのである。

家を飛び出した少年は、徒歩で近鉄線大和八木駅に向かい、一時間後の午前6時半頃に駅前のタクシー乗り場に着いている。そこのベンチで横になった少年は、またもや2時間ほど眠り込んで、近くの会社で行われる朝礼の物音で目覚める。

とにかく京都に行こうと、近鉄線に乗り込んだ少年が京都駅についたのは午前9時半頃だった。そこまでは考えていたけれども、それから先のことが頭になかった少年は、待合室でこれからどうしようかとあれこれ迷っているうちに椅子の上で寝込んでしまう。そして目覚めて駅ビルの中をうろついているうちに、ようやく気持ちが固まってきた――「とにかく北の方に行ってみよう、どこかでアルバイトをするか、ヤクザになるんだ」

方向音痴だった少年は、北方行に先立って地下街で方位磁石を購入した。これで手元には1200円しか残らないことになった。これからは金を大事にしなければならない。そこで、彼は地下鉄烏山線で北に向かうに当たって、最低運賃の烏丸御池駅までの切符を買った。

地下鉄に乗り込んだ少年は、ここで又ぐっすり寝込んでしまうのである。そして駅員に揺り起こされてみたら、まるでマンガのような結果が待っていた。逃げ出したはずの奈良に、また舞い戻っていたのだ。彼が眠っている間に、電車は終点の国際会館駅で折り返し、近鉄線に乗り入れて近鉄奈良駅に到着していたのである。(つづく)