秋田県に出現した二人の鬼母、畑山静香と進藤美香は、よく似ているといわれる。その共通点の一つが、男出入りの多かったことだとされている。
だが、娘の彩香を殺した畑山静香は、コールガールのようなことをしていたと噂されていたが、今のところそれらしい事実は報道されていない。彼女の相手で分かっているのは、離婚した夫と犯行当時につきあっていたボーイフレンド二人だけである。他方、4歳児の息子を殺した進藤美香となると、犯行当時、同棲していた男以外に4人の男とつきあっていたそうだし、それ以前にも男関係でいろいろトラブルを起こしている。進藤美香の男関係は確かに異常だったけれども、畑山静香の方は取り立てて変わっているところが見られないのだ。
両者の男関係に見られるこの違いに焦点を当て、問題を少しばかり検討してみよう。
まず考えられるのは、畑山静香が容姿の点で平均以上だったのに対して、進藤美香の方は平均以下だったらしいことである。高校時代に同級の男子生徒が畑山静香に対して雨あられの悪罵中傷を浴びせたのは、多くの男子生徒が彼女に関心を寄せていたにもかかわらず、畑山静香の方がお高く構えて彼らに冷淡な態度を示していたからだろう。
畑山静香は男が欲しいときには、自分から異性のたまり場に出かけて好ましい相手をナンパして来た。彼女は支配欲が強かったから、ナンパする相手に常に自分より年下の男性を選んでいる。結婚した相手も年下の男だったし、犯行当時つきあっていた男も年下だった。
畑山静香がすらっとした長身で、色白だったのに対し、進藤美香の方はずんぐりした体型で、昔から「オジサン顔」をしていた。その上、性格的にも極度に非社交的で、いつもむっつりしていたから、高校時代に彼女に声をかける男子生徒は一人もいなかった。高校を卒業してからもこの傾向は続き、就職後は昼食を社員食堂で取らないで、自家用車の中で一人で食べていたという。
誰からも関心を持たれなかったからこそ、進藤美香は内心で強く異性を求め続けたのだ。彼女は結婚情報誌や出会い系サイトで男を探す方法を知ってから、次々に見知らぬ男と関係を持つようになった。これまで彼女の前に立ちはだかっていた壁に穴が開き、出会い系サイトという恰好の通路が出来たのである。
通路は出来たが、男を選り取り見取りという訳にはいかなかった。容姿に自信の持てなかった彼女は、交際相手にあまり条件のよくない男性を選び、知り合うと直ぐに体を許した。最初の結婚相手も、二番目の結婚相手も、10歳以上年長の男で(共犯男の高校臨時職員も、彼女より12歳年長だった)、交際すると簡単に肉体交渉を持ったから二回の結婚はいずれも「出来ちゃった結婚」になっている。
異性に対して自信を持っていた畑山静香は、年下の夫や愛人を意のままに動かした。彼女は相手が嫌いになったら、容赦なく放り出し、男を使い捨てにする気概を持っていたのだ。進藤美香の方は、これまで結婚できないでいた年上の男とつきあいながら、そんな男に従属して相手の言いなりになっている。半死半生になった息子を用水路に捨てたのも、共犯男の指示に従ってやったことだった。
畑山静香と進藤美香に共通する点があるとしたら、両者とも日常生活を組み立てる軸を僅かしか持っていなかったことだ。
普通、女性は多彩な生活軸によって自分を支えているのに、畑山静香は料理も嫌い、掃除も嫌い、家の中をゴミ箱のような荒れ果てた状態にして本ばかり読んでいた。彼女の生活を支える軸は、本と男の二つだけしかなかった。
進藤美香となると、生活の軸はまさに男しかなかったのである。彼女の母親は、娘の美香がすぐカッとなる点と男をコロコロ変える点を心配していた。彼女が男をコロコロ変えるのは、それ以外に興味の対象がなかったからだ。
日本の女たちが犯してきた犯罪をみると、いかにも浅はかで愚かしいものが多い。男尊女卑の社会に生き、狭い生活空間に押し込められていた女たちは、生活興味の対象を僅かしかもてず、その僅かな世界を守ろうとして何とも愚かしい行為に走ってしまうのだ。
進藤美香は結婚前に、消防士をしている恋人に会いたくて一日に5件もの放火事件を起こしている。彼女のやることなすことすべてこの調子で、挙げ句の果てにわが子を自分の手にかけて殺し、夕闇の用水路に遺棄するという愚行に走ってしまった。
進藤美香の行動が日本的浅はかさの典型だとすれば、畑山静香のやったことには多少の主体性が認められる。彼女も美香同様、カッとしやすい性格だったが、娘を橋から突き落すにあたっては、彼女なりに十分思案したと思われる。畑山静香は田舎の生活に行き詰まりを感じ、都会に出てやり直そうと考えていた節があるのだ。彼女はそれなりに娘を愛していたけれども、思案の末に足手纏いになる娘を殺すことにしたのである。
つまり畑山静香は、自分の生活を上方から俯瞰する目を持ち、自己の人生を再構築する意志と計画を持っていた。年少の夫と結婚したときも、生活の場を変えるために夫を伴って故郷の地を離れている。進藤美香には、そういう才覚はなかった。ただ、目前の男の言うままに動いていたのである。哀れさは、進藤美香のほうにより強く感じるのである。