甘口辛口

退職してから──その6

2007/2/15(木) 午後 1:27
次に毎日の生活と、これに要した費用を具体的に記してみる。
自炊をはじめて暫くすると、食事の仕方が次第に固定してきた。
朝食が粥か雑炊、昼食がパン、夕食が米飯というパターンになっ
たのだ。私は夜型生活者で午前中は余り食欲がない。それで前
夜に食べ残した茶碗一杯分の冷飯を素材に粥を作るのである。

米は三日分くらいを一度に炊いておくので、電気釜の中には常に
冷飯があるのだ。電子レンジがあれば、こんな手間は必要ないが、
冷たい飯を暖かくして食べるには粥にするのが一番なのである。

鍋に味噌汁が残っているときには、この中に冷飯と刻んだ野菜を入
れて煮立て「オジヤ」を作る。オジヤというのは江戸時代以来庶民
が常食としてきたものだ。私はオジヤを作るとき、最後に卵を鍋の
中に落としてかき回すのを例とした。すると卵とじになるのである。

これを費用に換算してみると、米飯一杯分の単価は約三〇円、卵は
一個二〇円だから、朝食の費用は計五〇円ということになる。朝飯
を粥ですませるときには、米代三〇円だけですむことになる。

昼食は食パン二枚と牛乳で済ませる。在職中から昼食はパン二枚
と決めていたのである。これに要する費用は、パンが四〇円、牛乳
がコップ一杯三〇円で計七〇円。

夕方になると、電気炊飯器にスイッチをいれて、米を炊
く。味噌汁も作る。おかずは、納豆・豆腐・魚などだが、基本形は
納豆だ。費用はこの基本形の場合で100円になる。内訳は、
米飯三〇円、味噌汁二〇円、納豆三〇円、卵二〇円(この外に畑
とれる野菜を豊富に食べているが、これらは勘定にいれない)
以上を合計すると、一日の食費は最低限で二二〇円、月額にして
6,600円ということになるのである。

しかし実際は緑茶やインスタントコーヒーを飲み、スキ焼き・カレ
ーライスなどを作って食べているので、一ヶ月の食費はこの倍額近
い1万2000円位かかる。

独居の生活費が食材の費用だけなら簡単だが、食料費を軽くオーバ
ーする費目がいくらでもあるのだ。

<光熱費>
月額の光熱費は、
 ◆台所用プロパンガス─1,500円
 ◆風呂ガマ用石油───1,000円
 ◆電気料───────2,500円
となる。

フロパンガスの使用量は年間を通して殆ど変わらなかったが、石
油の方は冬になると使用量が急上昇した。一二月・一月・二月・三
月の四カ月、暖房用の石油を月に5、000円使ったからだ。

電気料も冬の四カ月は電気コタツの使用で月額6,000円になっ
た。これらを総計して平均月額を出すと7,000円となる。

<教養娯楽費>
ほかに道楽のなかった私は、在職中に本や音楽テープをかなり大
量に買い込んでいた。それで退職する時には、もう新たに本やレコ
ードを買い増すことはよそうと思った。事実、退職後は単行本など
を殆ど買っていない。結局この費目の下に私が毎月支出するのは新
聞・雑誌・タバコ代程度であった。

 ◆新聞(二紙)─3,100円
 ◆タバコその他─5,000円
           計9,300円
   

私が、月毎に支出する額はこれだけだった。独居期間中、深い林
の中に隠棲している積りになり、食料を購入するために近くのスーパー
に出かける以外どこにも外出しなかったから金の使いようがなかったの
だ。衣料も家内が時折下着類を補充してくれたけれども、下着など
は着古して関節のあたりが薄くなったものの方が肌に馴染んで着心
地がいいのだ。遂に補充してもらった衣類には手をつけなかったの
で、被服費はゼロであった。

以上を総計してみると、一カ月の総経費は二万八三〇〇円になる。
冬期問以外は、二万円あまりで生活していたのである。自炊を始め
るまでは、月に五万円位の生活費が必要ではないかと考えていた。
だが、実験の結果月額三万円以内で済むことが分かったのである。

世の中には、もっと切り詰めた生活をしている独居老人も多いにち
がいないので、私自身の 「三万円生活」を誇りにする積もりはない。
しかし私が期待以上の成績をあげたのも事実であり、その理由は私
が「労働と思索の生活」をめざして細々とした歩みを続けたからに
ほかならなかった。

研究に打ち込んでいる学者や、創作に熱中している芸術家は無一
文でも平気でいる。貧乏だったとしても彼らは、自分が貧乏だとい
うことにすら気が付かない。事業が順調に運んでいる企業家も、金
などを使っている暇はないはずで、奢侈への欲求は「有閑階級」に
特有な現象なのだ。

つまり、することがないから無為を補償する代理行為として金を使
うのである。簡素な日常を実現させるのは、意志の力でもなければ
金銭欲でもない。余念なく仕事を続けることなのである。川が流れ
るようにエネルギーを一定の方向に投出し続けることなのである。

 フロイトの功績は、人間をエネルギー通路として捕らえたこと
だった。エネルギーは外に向かって確実に流れつづけなければなら
ない。エネルギーの流れに結滞が起きると、それは意識内に残って
伏流となり内面的なトラブルを引き起こす。

「欲望するだけで行動しない人間は、心に疾病を生じる」という言
葉もある。エネルギーを振り向ける対象は何であってもよい。ゲー
トボールでも、孫の子守でも、なんでもいいのである。
(つづく)