芥川賞受賞作品を読んだ後で、文藝春秋3月号をパラパラと眺めていたら、思わず笑い出すような記事にぶつかった。上杉隆の執筆した「暗闘 教育再生会議の内幕」というレポートである。
自民党の議員たちは、内閣が替わるたびに教育制度をいじりたがる、まるで盆栽にでもハサミを入れるように。安倍内閣も今回、生徒の学力を向上させるためと称して「ゆとり教育の見直し」を打ち出したが、ついこの間まで自民党は学力偏重の教育制度を改める必要があると説いていたのだ。
学力主義に反対して「ゆとり教育」を実現させた鳩山邦夫元文部大臣は、安倍内閣が自説とは反対の方針を打ち出したのを見ても、あまり落胆した様子を見せていない。
「また直してやるわ」
と、余裕の笑みを浮かべているという。
どうやら、自民党には「ゆとり教育」を巡って賛成・反対の両派があるらしいのだ。安倍首相は「ゆとり教育」反対の立場から「教育再生会議」を発足させたが、自民党内の文教族は「教育再生協議会」を作り、これを根城に内閣の教育政策に監視の目を光らせようとしている。
「ゆとり派」と「反ゆとり派」がにらみ合う中で、安倍首相は「教育再生会議」の委員に17名もの知名人を任命している。政府主導による懇談会の委員が、こんなにも多いのは異例のことなのである。道路公団民営化推進委員会でさえ、委員は7名に過ぎなかった。安倍首相は、世論を有利な方向に導くために、各方面から俗受けしそうなメンバーを多数選び出して、こんなオールスターキャストにしてしまったのである。船頭多くして、船、山に登である。
かくて、再生会議は、てんやわんやの騒ぎになってしまった。
ヤンキー先生の義家弘介は、いじめなどの問題行動を起こした生徒を出席停止にすべきだと提案した。この意見には反対論が相次いだ。若造の身で会議の室長に任命された義家は、他の委員たちから白い目で見られがちだったのである。彼について、こんな非難をする委員もいる。
「義家さんは、つい最近まで、<君が代・日の丸>の強制に反対していたのに、今では180度発言が変わっている。そして彼は<あれは自分の真意ではない。前任校にいたとき、組合に言わされていたんだ>などと釈明している」
義家が出席停止に反対する委員に向かって、「私が勤務していた高校では、謹慎処分がないと教育は成り立たなかった」と弁解すると、その後にこんな問答が続くのである。
渡辺委員「学校に来させないんですか」
義家委員「たとえば牧場に預けることもあります。学校には登校させません」
渡辺委員「登校させて校長室に閉じこめれば大丈夫でしょう」
義家委員「暴れてしまって閉じこめられないケースもあるんです」
渡辺委員「暴れても閉じこめるしかないでしょう」
そこへ海老名香葉子が割り込んできて、
海老名委員「抱きしめる先生を作ってください」
葛西委員「暴れている生徒を抱きしめるのは難しいでしょう」
こういう落語に出てくるような問答があった日に、ノーベル賞を受賞した野依良治座長が、学習塾の全廃論を打ち出して、一同を困惑させている。その場をとりなしたのは、東大総長の小宮山宏委員だった。彼は、「野依先生は、過激だから」と言って話を納めたのだった。
会議は、こんな調子で進行し、オリンピック選手だった小谷実可子委員も負けずに発言している。彼女はテレビで30人31脚という番組を見て感動し、これを普及させなければならないと思ったのである。
委員たちは、その出身母体の利害を代表し、自分らに都合のいいことしか要望しない。経済団体から選出された委員は、企業にとって有用な人材を生み出すような教育を求め、政治家や官僚は教員への管理体制を強め彼らを自分たちの意のままに動かそうとする。
安倍首相は、「教育再生は私の内閣の最重要課題だ」と宣言し、教育によって「志ある国民を育て、品格ある国家・社会をつくる」とお得意の宝塚歌劇調の美辞麗句を並べたてる。だが、彼のねらいが、学校に軍隊式の規律を持ち込むことにあるのは見え見えなのだ。
しかし彼には、教育再生のための能力もないし、自信もない。そこで彼は他力本願、数の力で目標を達成しようとして委員を17人も集めたのだった。だが、このやり方は、内閣のほかに補佐官制度を併設して失敗した愚を繰り返す結果に終わっている。
安倍内閣は朝令暮改を繰り返してきた教育政策論議などを打ち切り、国民の生活に直結したもっと地道な政治を行うべきなのだ。