熊さん─この頃のテレビはおかしいぜ、朝青龍問題が下火になったと思ったら、今度は時津風部屋騒動だ、毎日、相撲の話ばかり取り上げているじゃないか。
隠居─相撲は、一応国技ということになっているからな。
熊さん─国技だが何だか知らないが、俺のまわりじゃ、大相撲が始まっても、テレビを見ているようなヤツはほとんどいないな。
隠居─それは、あんた達がいろいろなスポーツを知っているからだよ。大体、自分でプレーしたことのないスポーツには、親しみを感じないものなんだ。あんた達は子供の頃からサッカーをやっていたから、サッカーが好きだ。でも、私らの世代は、野球をしたことはあるが、サッカーをやったことがない。だから、サッカーか野球かということになれば、どうしても野球を選んでしまうんだ。
熊さん─でも、女・子供は相撲なんか一度もやったことがないくせに、テレビで相撲を見ているぜ。そら、皇太子の娘の愛子ちゃんも、相撲が大好きだっていうじゃないか。
隠居─そこだよ。相撲の特徴は、相撲を体験したことがなくても、ポイントが分かるという点にあるんだ。相撲くらい単純明快な競技はないからね。熊さん達から見れば、あっという間に勝負のつく相撲は簡単すぎて面白くない。だが、女子供や年寄りには、そこがいいんだよ。人さまざまだからね、日本人には、こういうジャンケンポンみたいに分かりやすい競技が受けるのさ。
熊さん─確かに、相撲の勝負は、あっという間につく。その癖、そこへもっていくまでにやたらと時間がかかるんだよな。呼び出しが金きり声で取り組みを紹介したと思うと、入れ替わり立ち替わり、違う行司が出てきて勝負を裁く。そして、土俵上で力士が仕切直しを飽きるほどくりかえした末に、やっとハッケヨイがはじまるのだからね。まるで、外側をごてごて飾り付けて、中味は煎餅一枚の菓子箱みてえだ。高い入場料を払って、勝負以外の余計なものを見せられるんだから、割りにあわねえよ。
隠居─逆に考えてみたらどうだね、勝負があっという間についてしまうからこそ、間合いを取るために包装を一枚一枚めくっていくような手続きが必要なんだよ。勝負だけにしたら、すべての取り組みが一時間以内に終わってしまうし、来場した観客は、頭にごちゃごちゃこんぐらかった印象だけを詰め込んで帰ることになる。
熊さん─余計といえば、相撲協会には余計な人間が多すぎるんじゃないかなあ。相撲協会には1000名の人間が居るというけれど、そのなかには高給取りの親方が108人もいる。おまけに行司、床山、呼び出しがそれぞれ数十人もいるというからたまげるよ。こういう余計な人員を力士たちが支えているんだよな。相撲部屋は上下の関係が厳しくて軍隊の内務班に似ているというが、おいらは鉱山なんかのタコ部屋と同じだと思う。タコ部屋では坑夫の逃亡を防ぐために、暴力による制裁が盛んに行われていたというからね。
隠居─相撲協会というのは、力士だけで作っている仲間社会で、部外者が入り込めないようになっている。引退力士がこの互助組織に残るためには、親方株を手に入れなければならない。ということは、親方株を大金を投じて手に入れさえすれば、誰でも部屋持ちのボスになれるということなんだ。ここに質の悪い親方が出現する土壌がある。
熊さん─相撲部屋には、リンチまがいの暴力がはびこっているという話は昔からあったんじゃないか。
隠居─そうなんだ。非人間的な上下関係が伝統という名の下に温存されて来たんだ。相撲評論家もマスコミも、大相撲の体質を承知していながら、見て見ぬふりをして来た。そればかりじゃない、相撲部屋の暴力体質をむしろ賛美して来たんだからな。
熊さん─マスコミが協会を甘やかしてきたんだね。
隠居─NHKを見てごらんよ。大相撲が始まると、「NHK総合」だけでなく、「NHK衛星2」でも重複して実況放送をしている。しかも衛星2は、午後1時から相撲の終了するまで、ぶっ続けで実況を流すというサービスぶりだ。天皇家でも毎年国技館に足を運んで、相撲を見物しているしね。まわりが相撲を国技だ、伝統的文化だと持ち上げるもんだから、相撲協会は高姿勢になって、少しでも批判されると報復手段に出る。今度の時津風部屋問題で元NHKアナウンサーが協会を批判したら、「協会を批判するのは許せない」と「取材証」を取り上げてしまったからね。
熊さん─そう言えば、相撲関係者や一部の評論家は、ああいう事件は時津風部屋だけのことで、ほかの部屋は皆しっかりやっていると弁護しているなあ。
隠居─一番の問題は、伝統のある名門の部屋ほど、暴力が横行しているということなんだ。この週刊誌に某有力部屋出身の元力士の話として、こんな記事が載っているよ(「週刊文春」10月11日号)
「新興部屋に比べ、時津風部屋や大島部屋、九重部屋などの伝統ある部屋には、幕下に十年以上もいる兄弟子がいて、″ヒタチをきめる(威張る)″ので、イジメも日常茶飯事です。
稽古中に木刀や角材で殴られるのはもちろん、浴衣のアイロンの掛け方から掃除の仕方まで細かいミスをあげつられ殴られ、態度が悪いと、『お前、”北向いて(不貞腐れて)〃 んのか!』とまた殴られる。マンガ雑誌の硬い背表紙がポロポロになるまで殴られることもあれば、ビニール袋に使用済乾電池を入れたもので殴られ、額を割られたという話も聞きました。
チャンコ場では出刃包丁の背ヤスリコギが凶器に変わることも珍しくありません。時には腕立て伏せの体勢をとらされ、下に出刃包丁や剣山を置かれた状態で、一時間近くも放置されたこともあります」
熊さん─へえ、すさまじいね。
隠居─相撲部屋には、二つの悪しき慣習があるんだ。一つは、兄弟子によるリンチまがいの暴力だね、もう一つは番付が一枚違えば主従の関係になるという慣習だ。この二つが組み合わさると、兄弟子にいじめられた力士は、「よし、頑張ってあいつを追い越して、見下す立場になってやる」てんで稽古に励むんだ。名門の部屋は、こういうやり方で多くの弟子を「出世」させてきたから、古いやり方を簡単には変えられないんだ。大相撲の世界で勝ち残って、末は親方になるような者には、相撲部屋内部の修羅場を凌いできた猛々しい性格の力士が多い。そのために、部屋のトップになった力士の間で、陰惨な争いが続発しているよ。部屋の財産を巡って、師匠と後継者が争ったり、実の親子が訴訟合戦をしたりしている。身内の者同士の争いは、二子山部屋の若・貴戦争だけじゃないんだ。
熊さん─しかし、そんなことを続けていたら、入門する弟子が居なくなって、大相撲は消滅しちまうぜ。
隠居─そうなんだ。伝統を盾にして、近代化を遅らせていたら大相撲もいずれ終わりを迎えるね。スペインの誇る伝統的な国技の闘牛も、後継者がいなくなって今や消滅に瀕しているというからね。
熊さん─伝統といえば、歌舞伎もそうだろう。
隠居─歌舞伎だけじゃないさ。国会で政治と金の問題が論議されるのだって、国民の間に残っている根強い伝統のためだよ。この間、ある評論家が選挙資金の話をしていた。彼の友人が国会議員の選挙に出馬したら、一億円かかったというんだね。ところが、イギリスの国会議員が選挙に使う金は、せいぜい300万円に過ぎないという。議員になってからも、金が必要になる。日本の政治家が多額の政治資金を必要とするのは、選挙民の冠婚葬祭に際して香典や祝儀を出すからだ。冠婚葬祭を盛大に行うという民間の慣習が続く限り、政治と金の問題は解決しないね。