甘口辛口

「国民的人気」という陥穽

2008/9/4(木) 午後 3:47

<「国民的人気」という陥穽>

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福田首相辞任後に行われる自民党総裁選の候補に、麻生太郎と小池百合子が名乗りを上げている。ゲッソリした。

麻生太郎は失言の多いお調子者タイプの政治家だし、小池百合子は恥も外聞もなくパトロンを取り替える花魁型政治家だからだ。二人に共通するのは権力への露骨なすり寄りと、それにつづく掌を返すような裏切りと変節であり、これほどいかがわしい政治家はちょっと類を見ないのである。

麻生太郎は、小泉純一郎や安倍晋三に取り入って小泉・安倍の両内閣では枢要なポストを与えられている。だが、内閣が変わると小泉政治からの転換を唱えて、小泉純一郎を激怒させ、安倍前首相に対しても裏切りを働いて、その寝首をかいたと噂されている。

小池百合子も、その時々の実力者に取り入ることでは負けていない。なかでも有名なのは、小沢一郎のゴルフのお相手をするために金魚の糞のようにゴルフ場について回ったことであり、小泉純一郎に家庭料理を届けるため首相官邸に日参したことだった。

この二人は権力者にすり寄るだけでなく、マスコミを利用して売名に精を出すことでも似ている。その努力の甲斐あって、麻生太郎は若者文化の理解者ということになり、小池百合子は首相候補の一人になった。

こういう薄っぺらな政治家が、「国民的な人気」を博することほど奇妙な話はない。誰が次期首相にふさわしいかという調査では、麻生太郎がダントツの一位であり、小池百合子もその調査なかで一定の票を得て首相候補の一人に数えられているのである。

日本では、一度評判になると、油紙を燃やしたようにその人物の人気が燃え広がって話題を独占することが多い。日本人を「自立型」と「世評追随型」に分類すると、世評追随型が圧倒的に多いのである。


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幕府末期の横浜にやってきた外国人は、「日本人には二種類ある。彼らは、ほとんど人種が違うように見える」と言っていた(「翔ぶが如く」司馬遼太郎)。

その二種類とは、武士と武士以外の一般庶民を指している。武士たちはそれなりに自尊心を持って毅然として外国人に対していたが、それ以外の日本人は日頃傍若無人な行動をしている癖に、西洋人の前に出ると、人が変わったように卑屈になっていたのである。

<かれらは商館の表通りに蝿のようにたかって小利を得ようとしてい
たし、路傍で群れてしゃがんでは小さな投機をやってい
た。

江戸期の日本では自尊心は武士階級の独占精神のよ
うなもので、庶民にはもたされなかった。自然、別の人
種かと思われるほどの差ができてしまっていたし、西洋
人の目からみれば横浜の路傍にしゃがんでいる、体全休
に自尊心のかけらももっていない連中がひどくアジア的
にみえた。

アジアのどこでもこの連中はいた。(「翔ぶが如く」)>

明治維新後になっても、旧幕時代の武士対庶民という対立構造は形を変えて残存した。官対民という対立構造がそれで、これは明治・大正・昭和を通して敗戦に至るまで、「官尊民卑」という形で存続して来た。

維新後の日本では、庶民から身を起こして「立身出世」をするためには、役人か学者・医者になるしか手はなかった(軍国主義の傾向が強まると、軍人がこれに加わる)。天皇制絶対主義の体制下にあっては国内の産業が未熟だったから、商工業部門に仕事口を求め、その中で高収入を得ることは不可能だったのだ。

それで、栄達を夢見る学生達は、「高文」(高等文官試験)をパスして官僚になるか、博士号を取得して学者や医者になることを目指した。有望な学生を褒めそやすのに「末は博士か大臣か」という言葉が使われたのは、このためだった。


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産業の発達した戦後になっても、この流れは続いている。日本を動かしているのは官僚であり、経済人も政治家も一国のリーダーとしての体面を整えてはいるけれども、国政を丸投げに近い形で官僚に委ねている。先頃、自民党の有力者が、「政策は官僚が決め、政治家はそれらに自民党というブランド名を貼り付けているに過ぎない」と語っていた。政策立案に必要な資料を握っているのも官僚、これを活用して法案化する頭脳を持っているのも官僚。これだから、大企業経営者も与党幹部も官僚の前では頭が上がらないのだ。

社会の上層部は官僚に追随、一般国民はTVに登場するタレントに追随しているのだから、わが国に自立型の人間が育たないのも当然かもしれない。おまけに、近頃の高級官僚は劣化してきている。彼らは受験戦争を勝ち抜いて行く過程で、ヒューマンな感情を摩滅させ、自分の所属する役所の利害しか目に入らないようになってしまったのだ。

わが国民の識字率は高く、国民教育の普及している点では、北欧諸国と肩を並べるレベルに達している。にもかかわらず、自民党による一党支配がつづいて政治的には後進国の状態にある。このアンバランスは、結局日本に自立型の人間が少ないところから来ている。

目下の急務は、追随型日本人の横行を一人でも減らすことではあるまいか。