<北の湖の転落>
大麻問題に見せた露鵬・白露山の態度は、これぞ外人といった風なものだった。簡易鑑定、精密鑑定のいずれもクロと出たにもかかわらず、二人は断固として大麻への関与を否定しつづけたのだ。日本人だったら、これほど明白な証拠を突きつけられたら、シラを切るのにためらいを感じるはずである。だが、「権利社会」に生きている外人は意識構造が日本人とは違うのである。自分に不利なことは一切否定する。そして、嘘をついてでも、とにかく自分の権利を守り通そうとするのだ。
だから露鵬・白露山の二人が断固として自分の無罪を主張しても格別不思議ではなかったが、問題の発覚してからの北の湖理事長や大嶽親方の態度には、首をかしげざるを得なかった。彼らは、簡易鑑定では信用できないと称して、より高度な検査機関による再調査を要求する。そして、その精密検査の結果もクロと出ると、今度はこれも信用できないとして、さらに別の検査機関による再々検査を要求したのだ。
こうなると北の湖、大嶽親方の態度は、もう悪あがきというしかない。二人は、自分の弟子がシロと鑑定されるまで無限に検査要求を繰り返すつもりなのか。大嶽親方の「相撲部屋の師匠は、親のようなものだ、弟子の言葉を信じてやるのが親の務めではないか」という言い分も滑稽だった。彼はこういうことで、親バカになることを天下に向かって推奨したのである。
大嶽親方のことはさて置き、相撲協会理事長北の湖の迷走ぶりは意外に思えた。
理事長の天敵と言われる内舘牧子は、以前に北の湖と対談したことがあり、そのとき、彼女は北の湖を聡明な青年だと感じたといっている。私も、以前から北の湖には感心していたのである。何の問題だったか思い出せないけれども、昔、相撲協会が世論の非難を受けたとき協会の親方たちが何人かTVに出て弁明したことがあった。そのとき、一番まっとうな意見を述べていたのは北の湖だったのである。
彼は訥々とした語り口で、「世間はAという立場から協会を非難するが、観点を変えればBという意見も成り立つ。だから、Cという立場から問題を考えた方がいいのではないか」という趣旨の主張をしていた。協会の非を非として認めた上で、至極穏当な解決策を提示していたのだ。数ある親方たちのうちで問題の本質を一番正確にとらえているのは、北の湖だったのである。
その北の湖が、若くして相撲協会の理事長になったと知った時には、彼なら問題の多い相撲協会を正しく切り回して行くだろうと思った。そして、実際理事長に就任後、彼の威令は末端まで行き届いていたらしのだ。つい最近も、あの口達者な貴乃花が、まるで臣下が帝王を仰ぎ見るような調子で北の湖について語っていた。
にもかかわらず、今回の相撲界を巡る一連の不祥事に対して、北の湖は期待を裏切るような言動を示したのである。彼は、協会の頂点に立ち、当事者として行動しなければならなくなったとき、以前の聡明な身の持しかたを忘れてしまったらしいのだ。
歴代の理事長のなかには、改革を急ぎすぎて親方たちからクーデターを起こされたものもいる。北の湖も、これ以上理事長職に執着したら、危うく平の年寄り連からクーデターを起こされるところだったのである。
かえすがえすも恐ろしいのは、権力である。小泉純一郎は竹下派が全盛だった頃、これに一人で立ち向かって魅力があったが、首相になってからは事々に期待に反する行動に出ている。権力は、まずこれを手にした人間から腐食させ始めるらしい。