甘口辛口

ビッグダディの後継者(その1)

2009/4/11(土) 午後 9:09

 (林下清志氏と末娘)

<ビッグダディの後継者(その1)>

数日前に「痛快!ビッグダディ」というTV番組を見た。これは、四男四女&三つ子娘&赤ん坊末娘、計12人の子供を奄美で育てている林下清志氏の奮闘ぶりを描いた番組である。特定の子だくさん家族を取り上げ、これをシリーズ物にして放映している番組はいろいろあるけれども、その中で最も長命で、最も興味深い番組はこの「林下家シリーズ」なのである。私はこのシリーズを欠かさず見ている。そして、その都度、感想を当ブログにアップしてきているので、物好きな方は当ブログの過去ログを参照していただきたい。

なぜこのシリーズが興味深いかと言えば、家長の林下清志(以下敬称を省略)が、なかなかの「人物」だからだ。彼は24歳の時、自分の治療院で働いている19歳の娘と結婚した。林下清志は整体師で、娘は彼の助手だったのである。

若くして結婚したこの夫婦は、9年間で8人の子供の親になっている。妻は、中間の一年間を除いて几帳面にも毎年子供を産みつづけたのだ。彼女は繁殖力に恵まれていたけれども、家事の能力はゼロに近かった。年長の子供たちが小学校に通うようになっても、朝食を作ってやるのが面倒なので飴を与えて家から送り出すようなことをしていた。やがて彼女は子育てが面倒になったのか、まだ乳飲み子の末子も残して身一つで家を飛び出してしまうのだ。

妻は家を出てから、別の男と同棲して女ばかりの三つ子を出産する。だが、男が母子を捨てて出て行ってしまったから、新聞配達をしながら独力で三人の女児を育てなければならなくなる。

8人の子供を残して妻に出奔された林下清志の方は、一人で治療院を経営しながら八人の子供を育てるという超人的な生活を送ることになった。彼は経済的な窮地に立ちながらも、四男四女を高校まで進学させる決意を固めていた。そんな彼の目に、奄美のある村が転入家族を求めているというニュースが飛び込んできたのだ。その村では、高校生の学費を出してくれるというのである。

林下は直ちに決意して、岩手県にあった家を畳んで奄美に移る。TVの「林下家シリーズ」はここから始まるのである。

TVでこの番組を見た妻は、三人の女児を連れて奄美に訪ねてくる。彼女は経済的に行き詰まったというよりも、三つ子の扱いに手を焼いていたのだ。女児たちは、母親の言うことを全く聞かない「くそがき」になっていた。育児能力に欠けた失格母が、三人の子供を一時に育てなければならなくなったのだから、その困惑ぶりは十分に想像できる。

林下清志は訪ねてきた母子を追い返すようなことはしなかったが、元妻への怒りはまだ収まっていなかったから、、復縁を望む元妻の願いはキッパリと拒否した。にもかかわらず、妻はいったん三重県のアパートに帰った後に、勤めを辞め家財を整理し背水の陣を敷いて、再度、奄美にやってくるのだ。彼女には成算があったのである。

妻の予想通り林下清志は、渋々、元妻を受け入れ、奄美島の中心名瀬市(合併して奄美市)に別院を作り、そこに高校生になった長女・長男と共に元妻を暮らさせることにした。県立高校は名瀬市にしかなかったから、林下は二人の子供のために宿舎を用意してやる必要にがあったのだ。

そうこうしているうちに、元妻は妊娠する。そして、林下清志との絆を強くするためにどうしても子供を産むと言い張る。だが、林下の方は、慎重だった。すでに11人の子供を養っている上に、さらにもう一人生まれてきたらどうなるか、不安だったのである。

林下は異議を唱え続けた。けれども、何時も通り結局は元妻に押し切られて子供を産むことを承知してしまう。そして、これを機に復縁して、正式な夫婦になるのである。こうしたゴタゴタを経て妻は女児を出産し、赤ん坊は林下夫妻の12番目の子供になったのだった。TVの「林下家シリーズ」は、回を重ねてここまで来ていたのだ。

―――私はこれまで、「林下家シリーズ」を林下清志の奮闘物語だと思って見ていたのだが、今回の番組を見ていて、このシリーズの陰の主役は妻ではないかと思うようになった。

考えてみれば、妻はその不在時にも一家の上に影を落としていた。そして、彼女が奄美に姿を現してから、林下家は彼女の一挙一動によって大きく動揺し続けたのである。

林下清志は、よくできた人物だったから、その庇護下で四男四女はきょうだい仲良く、互いに助け合って暮らして来ていた。ほかの子だくさん番組では、必ずといっていいほど兄弟が喧嘩する場面や家族の誰かが引き起こすトラブルが描かれているが、林下家ではそんな事件は皆無なのだ。八人の子供たちは、皆、のびのびと暮らし、毎日が流れるように過ぎていたから、林下家の日常を描いただけでは絵にもドラマにもならなかったのである。
そこに三つ子を連れた母親が現れる。三つ子は女児であるにもかかわらず、互いに蹴ったり叩いたりして派手に喧嘩するし、ろくに家事も出来ない母親はヘマを繰り返して笑いを誘ってくれる。母親が登場してから、「林下家シリーズ」はとたんに活気づいたのだ。

今回の番組でも、母親は窮迫した家計を救うために出稼ぎに出たいといいいだして「事件」を起こしている。

実は、彼女がこう切り出したのには、ちゃんとした理由があったのである。名瀬市の治療院の成績が上がらず、廃業に追い込まれていたのだ。林下清志は人口の多い名瀬市に別院を開設すれば、成功疑いなしと信じていたが、ふたを開けてみると治療希望者が一人も来ない日があった。これでは、高い家賃を払って名瀬市にとどまるより、仕事を縮小して家賃3000円の村の借家に引き込んでいた方がいいということになる(僅か一年半で別院が立ちゆかなくなったのには何か理由がありそうだが、それはTVでは明らかにされていない)。

母親不在の頃は、一家が窮地に立っても誰を責めるようなことはなかった。かえって、家族全員の結束が強まったほどだった。だが、母親が同居するようになると、何か問題が起きると不満は母親に向けられるようになる。子供たちの胸には、今も自分たちを捨てて家を飛び出した母親に対する怒りがくすぶっているのである。

それを物語るような場面がある。

次男は中学を卒業するとき、教師の指示で両親への感謝の手紙を書いている。卒業式が済んでから、彼は帰宅してそれを両親の前で読み上げたが、その中に父への感謝の言葉はあったが、母に対するものはなかった。次男は母に感謝する代わりに、「これからは計画性のある行動をして下さい」という注文をつけていたのだ。子供たちの目には、衝動的で何をするのか分からない危なっかしい人間として母が映っているのである。

数ある子供たちのうちで一番しっかりしているのが、この次男だった。母と姉・兄が名瀬市に移り、父もそっちの分院に出かけてることが多くなると、中学3年の次男が最年長者として村の家を守ることになる。彼は立派にその役割を果たしていた。父を深く尊敬している彼は、高校受験の準備をしながら、父親がしていたように台所に立って弟妹たちのために食事を作り、彼らの面倒を見てきたのだった。この次男には、さしもの父親も一目置いていたのである。

次男は、高校受験のために名瀬市の別院にやってきた時、何もしないで家で遊んでいるように見える母に怒りを覚えらしかった。父親も自分も必死になって働いているのに、母親は姉・兄と赤ん坊の世話をするだけで、のほほんとしている・・・・

次男は思い違いをしていた。母親は一生懸命仕事を探していたが、不況のために働く場所はどこにもなかったのだ。それに母は生後一年にもならない赤ん坊を抱えているのである。

「林下家シリーズ」の今回の分を見ていて、一番切迫した局面は「何故働きに出ないのか」といって次男が母をなじるシーンだった。父の姿は見えず、二人のほかにその場にいたのは、長女、長男だけだった。

母はこれまで求職運動をしてきたが、どこにも就職口がなかったことを告げ、今は出稼ぎに行こうと思っていると打ち明ける。

「奄美には仕事がないから、三つ子と赤ん坊を連れて出稼ぎに行く積もりよ」

こんな夢のような計画を立てているから、彼女は自分の子供にまで馬鹿にされるのである。これから小学校に入学する三人の娘と生後八ヶ月の赤ん坊を連れて何処に行こうというのだろう。第一、母子5人で住む場所を探すのさえ絶望的なのだ。

(つづく)