甘口辛口

俳優が司会者になると

2009/9/12(土) 午前 7:56

<俳優が司会者になると>

TVを見ていると、俳優がワイドショウやクイズ番組の司会者になっている例が多い。だが、俳優が政治番組の司会者に登用されるようなことは稀にしか起こらない。その稀なケースが、「朝日ニュースター」の人気番組「パックインジャーナル」の司会をしている愛川欽也なのだ。

「パックインジャーナル」が政治番組として異彩を放っているのは、この番組に顔を出している常連コメンテーターにリベラリストが多いためで、従って民放地上波の政治番組がとかく与党寄りになりがちなのに対して、この番組上で交わされる討論や解説は権力批判の色彩を濃厚に帯び、野党寄りになるのである。

これまで、「パックインジャーナル」が批判してきたのは、小泉内閣の行った郵政選挙に対してであり、「石原銀行」失敗の責任を第三者に転嫁する石原都知事に対してだった。「パックインジャーナル」を見た後で、民放地上波の政治番組を見たりすると、その妥協的で生ぬるい内容にがっかりさせられるのだ。こうした先鋭な番組の司会者が、俳優愛川欽也なのである。

一般にテレビ局が俳優を番組の司会者に使うのは、彼らが深い専門知識を持っているからではない。番組にアット・ホームな感じを出すためなのだ。彼らはアマチュアとして、普通の人間の目線で番組を司会していれば、テレビ局にとってはそれで十分なのである。

愛川欽也も初めは、自分に与えられたそんな役割を十分に意識して、「日本で一番易しくて、一番分かりやすい政治番組」を作るために努力していた。同じ朝日系の政治番組に「サンデープロジェクト」があり、この方は田原総一朗というベテランが司会をしているので、テレビ局はこれとは対照的なアマチュアの司会者による討論番組を発足させたのである。

テレビ局の狙いは、見事に適中したのだった。愛川欽也がいかにも素人らしく政界の裏話を聞かされるたびに憤激したり、出席者に時事問題のイロハについて質問したりするのを見ていると、視聴者も司会者が自分と同じレベルにあると知ってリラックスする。場合によっては、自分の視点が愛川欽也より高みにあると感じて、番組全体を優越感を持って眺めることができるようになる。かくて「パックインジャーナル」は、「朝日ニュースター」で最高の人気番組になった。

ところが、愛川欽也は番組の司会を5年、6年と続け、ついに今年で11年の長きに及ぶようになると、自分を政治番組のプロと考えるようになったらしいのだ。

私の観測では、愛川欽也が自分の見識に自信を持ち始めたのは、番組の中で田原総一朗を批判し始めた頃からだった。彼は田原総一朗を自分のライバルと考え始めたのだ。それだけだったら別にかまわないのである。自信を持って司会をするのは、それはそれで結構なことだからだ。だが、彼が番組の中でいかにも映画人らしい自慢話や、浮ついたおしゃべりをすることが多くなると、視聴者は勘弁してくれと言いたくなるのだ。

愛川欽也はとにかく11年間の長きにわたって、毎週2時間の政治番組の司会をして来たのだから、並の人間より政治の本質を把握していることは確かだろう。しかし、彼は連続もののテレビドラマに出演中の役者であり、その上ラジオのトーク番組まで持っている男だ。さらに、映画監督の仕事にも手を染めて撮影現場にもかよっているのである。彼は、目が回るほど多忙な人間なのだ。そんな人間が自覚しなければならないのは、自分が得ている政治上の情報や知識は、新聞記事によるか、周囲から仕入れた耳学問によるものでしかないないということなのだ。ハッキリ言えば、彼は社会や政治に関するまともな本を読んだことが一度もないのである。

こちらが、あえてそこまで言いたくなるのは、愛川欽也が知ったかぶりに吹聴する話はどれもあまり深いものではないからなのだ。だが、それもよしとしよう。われわれが日常口にしている政治的な話題も、愛川欽也の「知ったかぶり政治談義」以上のものではないからだ。

しかし番組の中で彼が若いコメンテーターの説に反対して自説を言いつのり、自分の言い分が認められなければ、「パックインジャーナル」の司会役を降りるというようなことを言い出すのを見ると、彼も少々図に乗りすぎているという気がして来るのである。

問題の発端は、若手政治評論家の三反園が、今後の政局を予想して、「来年の参議院選挙で自民党が勝つとしたら、──」と仮定の話を始めたときだった。愛川欽也がいきなり口を挟み、「50年続いた自民党政権を、やっと国民が倒したところですよ、自民党が勝つ筈はないじゃありませんか。もしそんなことが起きるようだったら、日本の将来は絶望的ですよ」と反対し始めたのである。

三反園やほかの出席者が、「今のは仮定の問題なんだから」と言っても、愛川は聞き入れない。「もしそんなことになったら、私はこの番組の司会者を辞めますね。ええ、辞めますとも」とまるで駄々をこねる子供のようなことを言い張るのだ。全く支離滅裂な発言で、やがて彼はヒステリーを起こした女房が家を出て行くと亭主を脅すように、司会を降りると言いつのり始めたのである。

人気の出てきた映画俳優が、撮影現場でわがままを言ってスタッフを困らせるという話をよく聞く。愛川欽也も、そんな俳優に付きもののわがままを言い出しただけかもしれないが、「パックインジャーナル」を愛している視聴者は、こんなことで番組がなくなることを心配しているのである。

今日は土曜日である。あれから一週間たっている。今日の午前11時から始まる「パックインジャーナル」を注意して見守ることにしたいと思っているところである。