甘口辛口

日本人の病癖(その1)

2010/1/21(木) 午後 2:00

   (二階からの眺め)

<日本人の病癖>


朝鮮の使節が日本にやってきて、豊臣秀吉に謁見したときの報告書が韓国に残っているそうである。その報告書によると、このときの様子は、こんな風だったらしい。

大広間には、戦国時代を生き抜いた大名たちが綺羅星のように居並んで秀吉が現れるのを待っている。やがて、秀吉が一段高い上座に姿を現すと、歴戦の大名たちが雷に打たれたように平伏し、しわぶき一つ聞こえなくなった。秀吉は、しーんと静まりかえった大名らを尻目に、上段の間を歩き回りながら、腕に抱いた赤ん坊(後の秀頼)をあやし続けていた──

日本人は、昔から権力を握った人間の前に出ると、戦々恐々として平蜘蛛のように平伏し、緊張のあまり咳も出なくなるのだ。その権力者とは、武家政権の時代には将軍や太閤秀吉だったが、武家政権が崩壊すると天皇になった。そして、戦争に負けると、日本人が下僕のように仕える相手はアメリカになったのである。

一国の指導者たちが、昨日まで鬼畜米英と罵っていた相手国に対して、戦後になると、くるりと態度を変えて見苦しいまでに平伏する。最近、評判の「日本辺境論」(内田 樹)には、こんな一節がある。

<九条も自衛隊もどちらもアメリカが戦後日本に1押しっけた」ものです。九条は日本を軍事的に無害化するために、自衛隊は日本を軍事的に有効利用するために。どちらもアメリカの国益にかなうものでした。ですから、九条と自衛隊はアメリカの国策上はまったく無矛盾です。

「軍事的に無害かつ有用な国であれ」という命令が、つまり、日本はアメリカの軍事的属国であれということがこの二つの制度の政治的意味です(「日本辺境論」)>。

内田 樹は、保守党の政治家が「日米同盟は日本外交の基軸だ」と連呼することについて、こう注釈をつける。

日米同盟といっても、両国の国益が一致していることを意味するものではない。
アメリカは、日本と条約を結んでいるが、それは米国が日本を他国より優先的に配慮するということを意味しない。米国は米国の国益のことしか考えていないから、日本に配慮するのは、そうした方が自国の国益に合致するという計算が立ったときだけなのである。アメリカは、日米同盟を口実に、自国の国益のために日本の国益を損なうようなことを平然と要求し、一部の日本の政治家や評論家は唯々諾々としてその要求に従うのだ。

アメリカに盲従した政治家としては、「安保条約」を改訂した岸信介や、ブッシュのイラク戦争を支持した小泉純一郎が思い出されるが、見苦しいのはこれらの政治家たちばかりではない。「日本辺境論」の著者は、民衆もまた国を売るようなことをしてきたという。

<ベネディクトはそのインフォーマントであった日本兵の捕虜たちのふるまいのうち、彼女の眼にもっとも奇矯と見えたものについてこう報告しています。それは欧米の兵士たちと違って、日本の兵士たちが進んで敵軍に協力した点です。

「永年軍隊のめしを食い、長い間極端な国家主義者であった彼らは、弾薬集積所の位置を教え、日本軍の兵力配備を綿密に説明し、わが軍の宣伝文を書き、わが軍の爆撃機に同乗して軍事目標に誘導した。それはあたかも、新しい頁をめくるかのようであった。新しい頁に書いてあることと、古い頁に書いてあることとは正反対であったが、彼らはここに書いてあることを、同じ忠実さで実践した。」(「日本辺境論」)>

場面場面で、自分より強大なものに対して、臆面もなく親密になったり、惨めなほど畏怖したりするのが、日本人の病癖なのである。

たとえば、沖縄の米軍基地で思い出すのは、同じ問題に対するフィリピン政府の対応なのだ。私の記憶によれば、フィリピン政府は米軍に基地を提供するに際して、アメリカから借地料を取っている。そして、折あるごとに、この借地料を引き上げるので、米軍もたまらなくなって米軍基地をフィリピンから撤去したのだった。

日本は無料で米軍に基地を提供しているだけでなく、思いやり予算と称して米軍に多額の金を払っている。北朝鮮の脅威があるからやむを得ないと政府は弁解するが、北朝鮮が日本を攻撃してくることは万に一つもないのだ。

北朝鮮はミサイルを除けば、ほかに武器らしいものをほとんど持っていない。空軍ときたら昔ソ連から購入した骨董品のようなミグ戦闘機などを数えるほどしか持っていない。これでは、開戦となればたちまち制空権を奪われて、北朝鮮は一挙に壊滅する。私は別に北朝鮮を弁護するつもりはないが、北朝鮮はアメリカによる先制攻撃に対する予防措置、一種の安全保障策として核兵器を持っているのではないかと思う。金正日は口癖のように、「イラクが核兵器を持っていたらブッシュに攻撃されることはなかったろう」といっている。

沖縄の基地問題に対しては、日本は政府も国民も、もっと毅然たる態度でアメリカに臨むべきなのだ。

そして日本人は、この件に限らず、人間平等・独立自尊の精神で、個人としても、国家としても行動する必要がある。

日本近代史を創り出した俊才といえば、坂本龍馬と福沢諭吉二人を挙げることに誰も異存はないだろう。この福沢諭吉が独立自尊を説き、門閥制度や身分制度を「親の敵でござる」といって憎んだことはよく知られている。だが、坂本龍馬もまた人間平等論を説き続けたことは、あまり知られていない。

龍馬は、こういっているのである。

「世に活物たるもの、皆々衆生なれば、何れを上下とも定め難し。今世の活物にては、唯我を以て最上とすべし。されば天皇を志すべし」

四民平等を唱えた彼は、「主君」などというものは名前だけのものだから敬意を払うに値しないと切り捨てている。そして、平然と天皇の権威を否定し、天皇などを有り難がらないで、自分が天皇になれと若い者をけしかけているのである。彼の考え方は、「生き物はすべて同じ」という万物平等論にまで発展する。

「人も禽獣も天地の腹中にわきたる虫にて、天地の父母の心より見れば更に差別は有るまじきなり。然れば人は万物の霊などというも戎人(西洋人)の我が誉れに言える言にて、人は万物の上と言う証拠は、さらに無き事にあらずや」

西洋人は人間を万物の霊長などといって賛美するが、そんな証拠はどこにもない。人間も動物も、天地の間に生まれた虫けらである点に変わりはないというのである。

龍馬も諭吉も、時代をこうしたカラッと開けた目で見ていたから、その影響を受けて下級武士たちは幕府を倒して維新政府を樹立したのだった。だが、彼らの多くは権力を握ると堕落し、四民平等の素志をすててしまう。

(つづく)