観音像 円空作(NHK日曜美術館)
父親の女児虐待(その3)
父親のトミーは、弱いものに憎しみを抱いているらしかった。ヒトラーは、弱者に同情するヒューマニストを侮蔑していたが、トミーもヒトラーと同じようなタイプの人間だったのである。彼は、二人の娘が飼育しているペットを残酷なやり方で殺しては楽しんでいた。例えば、キッチンの流しに金魚鉢の内容をぶちまけて、金魚が水を求めてもがく有様を見て楽しむかと思えば、小動物を水の中に投げこんで溺死するまでじっと見入っているというふうだった。彼はウサギをつがいで飼って繁殖させていたが、それは生まれてきたウサギの首を折って殺すためだった。
子供たちは、父が母を折檻する光景を見るだけでなく、父が生き物を殺して楽しむところを見せつけられて大きくなった。そのため彼女らは、家にいるよりも学校に行くのが好きになったし、学校を出て就職してからは職場に出勤するのを喜んでいた。姉妹は、同じ会社に就職した。だが、二人は学校や職場に喜んで出かけるものの、仲間の中にまじると、ひどく年寄りじみて見えた。職場の同僚は、二人が何時までたっても恋人を作る気配を見せないので、あの姉妹はレズではないかと噂していた。
「12歳になった1964年のある時期に、ジューンは父親のトミーに犯され、それから36歳になるまで週に2、3回(特に夏)、父親の相手をさせられてきた」
と、「復讐の家」には書いてあるけれども、彼女はどのようにして父親に犯されることになったのだろうか。
きっかけは、ジューンが10歳になり、母に代わって父の助手をするようになったからだった。彼女は大工仕事をする父にねじ釘や板を手渡すように命じられたが、それを間違いなく機敏にしないと、厳しいお仕置きを受けた。顔を殴ったりすると跡が残るので、トミーは娘の頭をこづいたり頭突きを食らわしたりしたのだ。以来、ジューンの考えることは、いかにして父の助手を完璧につとめるかということだけになった。
こうして母親と長女の役割が、ゆっくりと入れ替わっていったのである。ジューンは、11歳になると、小さいながら一家の主婦になっていた。父がクレオソートの臭いのする庭の小屋にジューンと二人でこもり、家具を作るようになったのはその頃からだった。
ある日、父は薄暗い小屋の中で、まるで学校の先生が生徒に話しかけるような調子で尋ねた。
「父さんが母さんとセックスしていることは知っているね、ジューン?」
ジューンは〈セックス〉という言葉は知っていたが、それがなにを意味するのか正確には知らなかった。父は続ける。
「今度はそれをおまえとしたいと思ってるんだ」
ジューンは、「いや!」と叫びたかったけれど、恐ろしくてなにもいえなかった。それでジューンは、さりげない口調で、
「そうしなければだめなの、父さん? わたし、そんなことしたくないし、それはよくないことだと思うわ」
すると、怒りで顔色を変えたトミーが威嚇するようにいった。
「おれがしろといったら、そうするんだ! おまえがどう思うかなんて関係ない。それから、このことは秘密にするんだぞ。このことがだれかに知られたら、お前たち全員を銃で撃ち殺すからな!」 、
その日はそれだけでおわり、以後数ヶ月は何事もなく過ぎた。
やがて、母と妹が慈善バザーに出かける日が来た。父は二人をドアの外に送り出してから、ジューンの方に向き直った。
「二階に行こうか」
――こうして、ジューンは二階の自分のベットで、永遠の長さに感じられる辛い体験をさせられたのだった。著者は書いている。
「・・・・体のよごれを拭い去ってしまうと、相変わらずこれまでと同じ生活がつづいた。トミーは週に一度か二度、金曜日はかならず、ジューンを犯しつづけた。
ジューンはやがてトミーの新しい(妻)になり、ミセス・トンプソソとヒルダは(ひとりはまだ体だけは犯されていない)予備に取っておかれた(「復讐の家」)」
ジューンは最初から、すべてを母親に打ち明けている。だが、母は「あの人がそこまで下劣だとは思わなかった」と言っただけだったから、ジューンと父の関係は続き、その関係は家の中では公然の事実になった。階下で皆と一緒にいるときでも、父が顎をしゃくって合図をするとジューンは二階に上がって父が来るのを待つのだった。
以前に、母はトミーと暮らすことに耐えられなくなって、子供を連れて実家に逃げ帰ったことがある。妻と子供を連れ戻してから、トミーはこう言って妻を脅している。
「今度逃げ出したら、必ず探し出して、お前と子供らを殺してやるからな」
母親は、夫が口にしたことを必ず実行することを知っていた。彼に逆らったら、本当に家族全員が散弾銃で撃ち殺されるかもしれない。だから、母はジューンが犯されたと聞いても、どうすことも出来なかったし、ジューンも母に打ち明けたとき、母が何かしてくれるとは期待していなかったのだ。
トミーは、その二年後に13歳になった次女のヒルダを犯している。
長女のジューンがこんな地獄のような生活に耐えることが出来たのは、もう一人の自分を作り出して、本当の自分をそちらに置いていたからだった。彼女は父に犯されるときに、犯される自分を天井から見下ろしているもう一人の自分になっていた。彼女は、父に犯されているのは自分とは別の人間だと考えることにしたのだ。
次女のヒルダは、自分を他者化して別人として見るような意識操作ができなかったから、ひそかにウイスキーを飲み始めた。ウイスキーを飲むと、いやな事は忘れられたし、夜も眠れるようになったのである。ヒルダは父に犯されてから、強度の不眠症になっていた。
やがてヒルダはアルコール依存症になり、幻覚を見るようになった。部屋の中のものがふわふわ浮かんで見え、視野が青く、さらには黒くなった。症状は深刻で、かかりつけの医師も、精神医も、手の打ちようがなかった。抗欝剤はどれも効かず、医者が原因を探ろうとして、「家に何かいやなことでもあるのか」と尋ねても、返事はいつも同じだった。
「何もありません」
ヒルダは自殺することを考え始めたが、父親はそれを感じ取って、「お前の身に何かあったら、ジューンと母親を殺すからな」と警告し続けた。トミーはヒルダに自殺されでもしたら、原因を詮索されて、一家の秘密がばれるのではないかと警戒したのである。
ヒルダのことが気がかりだったが、トミーにとって家の中の状況は理想的なものになっていた。二人の娘は、封を切らずに給料袋を持参して手渡してくれるから、経済的な不安はない。性生活の面でも彼は三人の妻を持っているようなものだった。通常の性生活に飽満した彼は、次第に普通のセックスでは満足できなくなった。
トミーは、妻が自分以外の男と性交渉する場面を想像すると興奮するので、妻に不倫を強要しはじめた。そして妻に拒まれると、彼女を裸にして人形のように抱き上げ、食器戸棚の上に立たせた。そして、ゲラゲラ笑いながら、ナチスの強制収容所に入れられたユダヤ女のようだと嘲弄する。
(つづく)