甘口辛口

父親の女児虐待(その2)

2010/10/2(土) 午後 5:52

(ジューンとヒルダ)

父親の女児虐待(その2)


<母親ミセス・トンプソン>

母親のミセス・トンプソンは、幼い頃に父を亡くしたので、実母と二人で暮らす期間が長かった。こういう家庭では、普通なら母と娘が密着して生きることになるのだが、彼女はそうすることができなかった。夫に先立たれた母が、鬱病の状態になり、それが長く続いたからだった。

そんなことから、彼女は内気で穏和な性格になり、思春期になってもボーイフレンドが出来ず、石鹸工場の仕事が終わると、そのまま一人で帰宅することが多かった。職場の仲間が、見かねて彼女をブラインド・デートに誘ってくれた。

「ブラインド・デートって、なあに?」
と反問されて、仲間は彼女の無知に驚いたが、ブラインドデートとは知らない相手とデートすることだと説明し、自分の婚約者の弟を紹介してやった。それが、彼女の夫になるトミーだった。トミーは、兵役中の身だったけれども、そのとき休暇で実家に帰宅していたのである。

恋愛経験のない彼女は、すぐにトミーに夢中になった。結婚前の彼は、すらっとしたハンサムの青年で、とても優しかったのだ。トミーは、こういって彼女を賞めていた。

「これまでに、たくさんのガールフレンドとつきあってきたけれど、君ほど静かで、すべての面で信頼できる女性はいなかったよ」

トミーと結婚した彼女は、最初、母の家で暮らしたが、トミーと母の関係が悪化したため、そこを出てアパートや借家を転々とすることになった。引っ越しは、13,4回に及んでいる。こんなにも引っ越しを重ねたのは、一つには落ち着きのないトミーの性格によるが、トミーがボロ家を安く購入し、改装した上で高く売って金を稼いでいたからだった。

トミーが最初に購入したのは建築業者の庭で見つけた古びた木造のトーラーハウスだった。このハウスは絵はがきほどの大きさの窓が一つ付いているだけだったから
昼間でも中は真っ暗だった。唯一の光源は石油ランプで、顔を洗おうにも薄汚れた陶器の水差しと洗面器が一つあるだけだった。ここで長女が生まれ、その翌年には次女が生まれたのである。

トミーはトレーラーハウスを手に入れた時点で、ハウスの改造に取りかかった。内装を「最新式」に改めて売れば、次に購入するもっとましな家の頭金になるのだ。改造工事には、妻も動員された。

「・・・・家の改装がただちにはじまった。すぐに、トミーにはひとりで作業をするつもりがないということがわかった。
鋸で切る、金槌を使う、壁をはがして漆喰を塗る、床をこわして板を張るといった複雑な作業をトミーは妻に教えこんだ。トミーは、ここぞというところですばやく手を貸すことを要求した。
大工仕事をしているときのトミーは普段以上に怒りっぽく乱暴になるようで、彼が<あれ>といったときにミセス・トンプソソが夫の考えを読み取れずに、必要な道具を渡しそびれたり、なにかを押さえたりしそびれると、トミーは即座に彼女のまちがいを、言葉ではなく腕力で正した。頭の横を殴ることもあったし(そこなら痣が見えないことを知っていた)、悪態をつきながら頬を叩いたりもした。ミセス・トンプソソがもっとも恐れたのは、かたい作業靴で向こう脛を思いきり蹴られることだった(「復讐の家」)」

こうして住んでいる家を改造しては売ることをトミーは11回繰り返している。二人の子供は、母が父にこき使われ、そして父の激しい暴力で殴り飛ばされるところを日夜眺めて過ごすことになった。

「トミーは毎日のように母親を殴るところを見せつけて、子供たちを怯えさせた。二、三日に一度、ミセス・トンプソソは頭の横を殴られて床に倒れ、倒れたところでさらに腹部を蹴られた。そして母娘がもっとも恐れていた瞬間が訪れる――トミーが不意に動きをとめ、これ見よがしに椅子に座って、かたい作業用長靴を履くのだ。その長靴は、妻の向こう脛を、痛さに死んだぼうがましだと思わせるほど強く蹴るときのために特別に用意したものだった(「復讐の家」)」。

トミーは、子供たちの見ている前で妻の首を絞めて楽しむことがあった。意識のなくなる寸前まで首を絞め続け、突然、手の力を抜くのである。

妻への虐待は、それだけに止まらなかった。トミーは、妻が子供を愛することを許さなかったし、妻の母が臨終の床についたときにも看病に出かけることを許さなかった。彼女がある日、ようやく実家を訪ねて見舞ったとき、母は懇願するように頼んだ。

「今夜、また来てくれるかい? 来ると約束しておくれ」

 いくらトミーでも今度ばかりは「だめだ」とはいわないだろう。ミセス・トンプソソはすぐにうなずいて、「今夜また様子を見に来るわ、ママ」と約束した。

だがその夜、トミーは妻の願いを拒否した。

「だめだ」

見舞いに行っても、紅茶を飲んだらすぐに帰ってくるからと、必死になって頼んでも、トミーは受け付けなかった。

「家にいろ」

ミセス・トンプソソはキッチンに行って、夫に背を向けて流しに立ち、涙をこらえながら前方を見つめた。トミーに気がねなく悲しみや苦痛を表現できるのは、そこだけだった。妻は、もう一度頼んでみた。

「トミー、お願い・・・・」

しかし、トミーは冷酷に言い放った。

「あいつのところに行ったら、ただじゃおかないぞ」

毎日のように新手の、より過激ないやがらせを思いつくトミーの恐ろしさを、いまさらのように思い知らされた。彼の心のいちばん奥のところに邪悪な芯があるようだった。

こんな生活が30数年も続き、トミーが娘たちに殺される頃には、彼女は身も心もぼろぼろになっていた。

<長女ジューン、次女ヒルダ>

明けても暮れても、父が母を折檻する光景を見ていた二人の娘は、父のいるところでは息をひそめるようにしていた。賑やかに笑ったり騒いだりしたい少女期だったにもかかわらず、姉妹は生き残るためにはどうすべきか、本能的に学習して、家の中では静かに二人だけで遊んでいた。

トミーは、姉妹が近所の子供たちと遊ぶのも禁じていた。

「遊び相手だったら、すぐそばにいるじゃないか」というのが彼の言い分だった。そんなことを言われなくても、引っ越しばかりしている母娘には、近所に親しい知人がいなかったのだ。

劣等感があって仕事仲間と対等につきあうことが出来なかったトミーは、自宅でも近所の人々と親しくすることができなかった。彼は居場所のない人間だった。だから彼は、、一カ所に落ち着いていることが出来ず、転々と引っ越しを続けたのである。彼は、家族を祖母や隣人から切り離し、頼るものは彼しかいないという状態にしたかったのだ。そうすれば、彼らはトミーに依存するしかなくなる。そういう家族に囲まれていれば、それが彼の居場所になり、孤独感、劣等感から抜け出すことが出来るのである。

トミーは家族を暴力で支配しながら、実は家族に依存していたのだった。トミーはときどき暖炉の前の敷物に寝そべって、「もうだめだ、そばに来てオレが落ち着くまで、抱いていてくれ」とミセス・トンプソソに泣きつくことがあった。

またトミーが一階のソファー・ベッドに横になり、彼女が足下の床に座って、夫の気持ちが落ち着くまで手を握ってやっていたこともある。

暗い不安の波が去って、妻とふたりで床に座っているとき、トミーは「もう生きていたくない。死んでしまえば、もうなにも気にする必要はないんだ」とつぶやく。二人の娘は、父を射殺するときに、「お父さんは何時も、死にたい、死んでしまいたいと言っていたんだから」と自分たちの行動を正当化している。

(つづく)