詩人と詩人が結婚したら(4)
三木は、Kに押し切られて金を出さざるを得なくなった。すると、Kはいうのである。
「保証するわ。<優しい大工>という名詩集は、詩人の夫によって出版されたのだ、という栄光があなたにはあたえられるわ」
三木は自分の妻が、これほど自己主張が強くて自信家だとは思っていなかった。が、小柄で色白で若くてかわいい詩人の妻を手元に引き留めておくには、これくらいの出費はやむをえないと観念した。
これ以来、三木はKの浪費を恐れるようになった。Kは「金は使うべきもの」と信じていて、不時に備えて金を貯めておこうというような配慮はさらさらなかった。三木が執筆の場を自宅外に持って、自家には週に1〜2回帰るだけという生活を始めてからのある日、家に帰ったら子供部屋に本棚までついている金属製の学習机が届いていた。
三木が、「うわあすごいねえ。高かったろう」と尋ねると、Kは満足そうに、「×万だった」と答える。三木が執筆部屋で学生下宿の誰かが捨てていった座卓を使って、背中を丸めて小説を書いているのに、小学生になる娘は、こんな豪勢な机で勉強するのだ。
三木は、Kとの生活を振り返って、「ぼくたちがまともな夫婦といえたのは、結婚後の約十余年だったと回顧している。それ以後はどうかといえば、三木はKから排除されて行く過程だったというのだ。
<いずれにしても、小説を書き出してからのぽくは、書くことに夢中だった・・・・きっとぽくは、Kから見たら人が変ってしまったと見えたろう。ぼくは、だから追い出されたのである>
50代の後半に三木は、心筋梗塞の発作を起こしてバイパス手術を受けている。退院してからは、自宅に戻って療養を続けた。一ヶ月ほどして仕事場に戻り、執筆を再開したが、三木が一番仕事をしたのはこの頃だったという。
そういう時期に、三木は驚くべき電話をKから受けるのである。
<「あのねぇ」
Kは低い声でいった。
「こういうことは、いうべきことではないと思うけれど、いうわ。あの、あなたに家へ帰ってきてほしくないの」
「えっ」
ぽくは、おどろいていった。
「そりゃまた、どうして」
「あの子のことなのよ。あなた、帰ってくれば、すぐに喧嘩するじゃありませんか。それが困るのよ」>
二人の間に生まれた娘は、母親に溺愛された結果として、社会性のない子供になっていた。それを案じて、三木は機会あるごとに娘に注意していた。だが、娘は頑固で父親のいうことを聞かない。それで小学校に入学した頃、三木は彼女を叩いたことがある。すると、娘はスリコギを握って父親に刃向かってきたのだ。
Kはまたあんな修羅場が再現されるのではないかと、心配だというのである。三木は、「あの子だって、もう子供ではないのだから、あんなことはもう起こりっこないよ」と反駁したが、Kは聞き入れない。
「わたしはそう思わないの。だから、もう帰ってこないで欲しいの」
三木は案外あっさりと、「はい、わかりました」と答えていた。そして電話を切った後で、これは大変なことになったと思った。彼は今まで、誰にもいわれたことないようなことをいわれたのだ。
三木は、もう絶対に家には帰るまいと決心した。三木は思った、自分をシャットアウトして娘と二人だけの生活を確保したKは、娘と美術館や映画館、音楽ホールやレストランを巡り歩くことを続けるだろう、Kは血の繋がっている娘だけを、この世の唯一の味方だと思っている、彼女は娘を生んで、はじめて孤独ではなくなったのだ。
こうまでされて、三木が離婚に踏み切らなかったのはなぜだろうか。
三木はKの詩を読み、彼女の話を聞いて、その生育環境を知るようになっていたたからだった。
(つづく)