脳科学者の至福体験
テレビで、「奇跡体験を語る」という番組を見た。
ジル・ボルティ・テイラーというアメリカの女性脳科学者が、38歳の時、突然左脳の血管破裂による脳卒中の発作に襲われ、そのため、彼女は歩けない上に、しゃべれないという赤ん坊同様の無能力な状態に陥ってしまったが、その反面、たとえようがないほどの幸福感にも包まれたというのである。
38年の間に感じ続けていたストレスが一挙に消え失せ、彼女は宇宙の全分子・全エネルギーと一体化したような感覚に包まれたのだ。
脳卒中の症状から脱するまでには数年かかったけれども、回復後の彼女は、自身の体験を脳科学者としての視点から解明して一冊の本を書いている。この著書は全米で50万部を売り上げるベストセラーになった。有名人になった彼女は、各地で講演するようになり、私がTVで見た番組も、スタッフが講演会場にTVカメラを持ち込んで、彼女の講演をそのまま採録したものだった。
彼女によれば、右脳の役割は世界が伝えてくるあらゆる刺激をイメージの形で受け入れ、全宇宙の「今」の姿を把握することにあるという。個人は世界を構成する分子の一つに過ぎないから、右脳の次元では「私」の存在は意識されない。右脳の中にあるのは、「全体」の相であり、その全体が示す「今」の相なのである。
左脳は、右脳が受け入れた「全体」のなかからその一部分を切り取って、「私」の意識、自我意識を構成する。そして、「今」を分解して私の「過去」と「未来」を作りあげる。左脳は、自分の必要とするものを右脳から取り込むだけで、それ以外のものを切り捨ててしまう。
だから、脳卒中のために左脳が働かなくなれば、右脳のとらえている「全体宇宙の今」の姿だけが意識されることになる。すると、この静寂で壮大な「全体宇宙の今」のイメージが、人を至福の境地に導くのである。
ジル・ボルティ・テイラーは、人々が右脳の世界を見るように努力すれば、個人として幸福になるだけでなく、世界平和実現のために貢献することになると語って講演を終えている。講演が終わると、聴衆は総立ちになって、拍手していた。
ホームページで紹介した私の「宗教的体験」なるものも、ジル・ボルティ・テイラーの体験と同じものではないかと思われる。この女性脳科学者の場合は、脳卒中の発作で左脳が活動が停止したために右脳の提示する世界像をナマな形で見ることになったのだが、私の場合は、左脳に溜まっていたエネルギーが、右脳の側に跳躍して「全体宇宙の今」を照らし出したために至福感が得られたのだった。
私はジル・ボルティ・テイラーが左脳の働きとしたものを「表自己」と命名し、彼女が右脳の働きとしたものを「裏自己」と命名している。人間の内面は表と裏の二層構造をしていると考えたのだが、彼女は人間の意識活動を左脳と右脳の二つに振り分けて説明している。不遜な言い方を許してもらえるなら、私の「仮説」は、彼女の研究によって生理的な裏付けを与えられたことになるのだ。
長く生きていると、個人的な面でも刺激になるような情報が次々に入ってきて、興が尽きないのである。