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菊地直子の変心

2012/6/11(月) 午前 11:36
菊地直子の変心

オウム真理教の幹部は逮捕を逃れるため、女性信者と同棲して夫婦を装っていたという話を耳にしたとき、直ぐに思い出したのは戦前の共産党員が利用したハウスキーパーのことだった。特高警察の苛酷な追求を逃れるために、戦前の共産党員は党のシンパ(同調者)である女性と同棲して夫婦を仮装したのである。

官憲の目を眩ますための偽装結婚だとはいえ、若い男女が明け暮れ同じ家に住んでいたら、二人が男女の関係に発展するのはやむを得ないことだった。そして、党員が逮捕されたり、別の任務のために姿を消したりしたとき、女性は別の党員と別の土地に行って暮らすこともあった。その場合、女性が新たに同棲することになった党員と性的関係を結べば、彼女は不本意ながら二人の男と夫婦同様の関係になり、一種の「二重結婚」をすることになる。

ハウスキーパーの件は、当時の共産党にとって、あまり触れられたくない問題だった。だが、プロレタリア文学の陣営に属する作家が、この問題をテーマにした作品を発表したために、左翼陣営だけでなく文壇全体が一時騒然となったらしい。この問題がどう決着したか、詳しいことは知らないけれども、オウム真理教の菊地直子も戦前のハウスキーパーが直面したと同じ問題にぶつかっていたのだった。

オウム真理教の幹部が一斉に地下に潜ったのは、17年前のことだ。逮捕を免れた菊地直子が、この17年間をどう過ごしたかといえば、最初の一年を彼女は林泰男と同棲し、彼と行動を共にしている。その後、彼女は林と別れ、Yという信者や平田信と短期間同棲し、その後に、高橋克也と10年に及ぶ同棲生活に入っている。

高橋克也との同棲10年後に、菊地直子は驚くべき行動に出る。

週刊誌によれば、彼女は10年間苦楽を共にして夫婦同様の関係にあった高橋克也に、こういう言葉を投げつけたのである。

「ごめんなさい。好きな人ができました。ここを出て、その人のところへ行きます」

高橋克也に最後通牒を突きつけた菊地直子は、間を置かずに新しい恋人を伴って高橋克也の前に現れ、その面前で二人して荷物をまとめてアパートの部屋を出て行ってしまう。菊地直子の新しい恋人は、彼女の職場の同僚であり、オウム真理教とは何の関わりもない一般人だった。

菊地直子のこうした果断な行動は、私が彼女について抱いていたイメージと合致しなかった。オウムの信者らが、まだ上九一色村にいた頃に、菊地直子はマスコミに向かって、自分たちが米軍ヘリから毒ガス攻撃を受けたことを告げ、当局を非難している。その折りの彼女の懸命な表情をTVで見ていると、彼女の一生懸命な気持ちがストレートに伝わってきたのだ。

彼女は、教団幹部の命を受けて、ウソを語っていた。ウソを語る後ろめたさを押し殺し、ウソを真実だと自分を信じ込ませながら、懸命に虚偽情報を流している菊地直子がいじらしかった。菊地直子について、「とにかく、一生懸命な女だな」という印象が頭に焼き付いていたから、10年間、生活を共にした高橋克也を捨てて、一般人の男に乗り替えた菊地直子の行動がすぐには理解出来なかったのだ。

いったい、菊地直子の「変心」の背後に何があったろうか。

菊地直子は高学歴のエリート一家に育ち、上品で思慮に長けた女性だったという。彼女の弟は京大医学部を卒業して医師になっているし、彼女自身も大阪教育大の付属中・高校から大阪教育大の障害児教育課程に進んでいる。

高校時代はすべての級友から愛され、特に男子生徒の間で人気が高かったといわれる。こういう彼女は、かっとしやすい気短な高橋克也と暮らすことに疲れてきたのかもしれない。また、彼女は一時同棲していた平田信が自首したことを知って、自分たちも自首することを高橋克也に提案したとも考えられる。だが、オウム裁判の経過を見ると、高橋克也と同水準の犯歴を持つ仲間は死刑判決を受けている。高橋としては自首することなど、到底考えることが出来なかっただろう。

菊地直子は、オウム関係の男4人と同棲している。林・Y・平田・高橋の4人である。このうちで彼女が最も愛していたのは林泰男だった。菊地直子は最初、林泰男と二人だけで行動していたが、一年ほどすると、この林を愛する別の女性信者が合流してきて三人で同棲することになった。このため、菊地直子は女性信者に嫉妬してトラブルが絶えないようになるのだ。

林泰男は足手まといになる菊地直子を切り離すために、Yという男性信者を呼び寄せ、Yと菊地直子を結びつけて自分とは別行動を取らせることにするのである。だが、Yと菊地直子の同棲は長くは続かず(二人の間に性的な関係はなかったらしい)、菊地直子はYと別れて平田信と行動を共にすることになる。菊地直子は、これら男たちとの関係をノートに記し、たとえばこんな観察記録を残している、「平田は私よりも性欲が強い分、それだけ私に対して弱者になっている・・・・」。

オウム信者の男たちと交渉してきた菊地直子にとっては、職場で知り合った高橋寛人との関係が新鮮なものに感じられたらしい。彼には離婚歴があり、別れた妻との間に子供もいたが、菊地直子への求愛は猛烈を極めていた。菊地直子と高橋寛人の関係は6年間続くけれども、直子は二人の生活を何時までも続けたいと考えるようになる。彼女は30代の半ばになって、初めて異性に対する本当の恋心を知ったのである。

菊地直子は、どうして高橋克也を捨てたのか──17年に及ぶ逃亡期間中に、オウムの誤りを知るようになり、オウムの男たちとの関係を通じてその気持ちが決定的なものになったからではなかろうか。
オウムとの決別を彼女に決断させたのは、オウムの男たちと世俗人高橋寛人との菊地尚子に対する愛情面での差だったのである。