東京都民の投票行動
これまで東京都民の投票行動を見ていて、東京都民というのは全く得体の知れない種族だなと思っていた。都民から熱烈に支持される都知事の顔ぶれが、何ともちぐはぐなのである。
以前に、石原慎太郎以外にも、都知事として絶大な人気を集めていた人物がいた。マルクス主義経済学の専門家で、大学教授をしていた美濃部亮吉だった。彼は三期都知事を続けた後に引退して、参議院議員になっているが、彼は1971年(昭和46年)の都知事選挙では361万5299票を獲得している。wikipedによれば、これは個人が獲得した得票数としては日本の選挙史上最多得票記録であり、現在も破られていないそうである。
美濃部の後を継いだのは、官僚出身の鈴木俊一で、彼は美濃部都知事の行った福祉政策のために悪化した都の財政を立て直すことに努力し、四期連続で知事に当選している。鈴木の手堅い施策に飽きた都民が、次に選んだ都知事は青島幸男だった。大阪の市民が品性高潔とは言い難い漫才師(横山ノック)を府知事に選んでいるときに、都民は青島幸夫という皮肉屋の放送作家(直木賞受賞者)を知事にしている。
このへんまでの東京都民による知事選びは、知的レベルの高い首都住民らしく穏当なものだった。美濃部亮吉は、マルクス主義者だったが、「美濃部スマイル」と呼ばれる微笑を顔から絶やさない温和なイギリス風の紳士で、横山ノックのような庶民派人間とは対照的な人物だったのである。
常識破りのアウトローと思われていた青島幸男も、権力に執着するそぶりを聊かも見せず、他候補が選挙運動に狂奔している公示後の運動期間中に、家族を連れてヨーロッパ遊覧旅行に出かけ、投票前日になって帰国するというようなスタンドプレイをして見せていた。
こういう垢抜けた候補者を当選させてきた「進歩的な東京都民」が、一転して右翼も右翼、極右の石原慎太郎を四期にわたって知事にしてきたのだから、この右往左往ぶりは、一体、何だということになるのだ。
その理由として考えられるものに、不況が続き若者の未来が閉ざされているという現下の社会情勢がある。苦境にある若者らは、自分と引き比べて安定した生活を楽しんでいるかに見える正規社員や公務員に反発して、過激なナショナリズムに走るのだ。そのほかにも、学者や評論家はいろいろな原因をあげている。そして、それらの分析は、どれも一応首肯出来るのである。
しかし、私たちは大事な点を見落としていたのだった。11月26日の新聞広告を見てハッと思ったのは、週刊誌「AERA」が「ニッポンが傾く」─「右傾化する女子」という特集を組んでいるのを知ったからだった。
この大見出しの下に、内容を要約した小見出しが並んでいる。
母性と愛国心と将来への不安からタカ派に/韓流スターファンから竹下問題で一変/上野千鶴子ファ ンだったのにTPPで日本の雇用や農業が脅かされると不安に/愛国女子団体に集まる女性たちの言 い分
「女が好きな政治家嫌いな政治家」という大見出しの下には、次のような小見出しが付記されている。
「好き」上位は小泉、橋下、東国原、安倍、石原
マスコミは、政党や政治家の支持率を調査するときに、年齢層や職業別の支持率も明らかにしているけれども、男女別の調査結果を発表しているものを見たことがなかった。だが、男と女では、政党・政治家を支持する基準が微妙に異なっているのである。選挙民の投票行動を分析するときには、この男女差を考慮しないと実態を見誤ることになる。
美濃部亮吉が、個人として記録破りの得票を獲得したのも、女性が「美濃部スマイル」を好感したからだった。当時、吉永小百合から始まって、高峰秀子までが、美濃部を支持し、女性の間で美濃部の人気は圧倒的だったが、これは美濃部に、政治家としての能力に加えて、アイドル人気が加わっていたからだったのだ。
小泉の人気が高かったのも、同じ理由からだ。彼には美濃部のような「女殺し」のスマイルはなかった。が、政敵を一刀両断に切り捨てる剣客のようなシャープな印象があり、女性は新撰組の土方歳三でも見るように小泉をほれぼれと眺めていたのだ。
その方面の専門家にとっては、女性の投票行動は事前の予測を狂わせる不確定要素として迷惑なものかもしれない。だが、政治を人生ゲームのひとつとして眺めている人間には、女性の投票はゲームを一層面白くする要因として歓迎されるのである。
東京都民の不思議な投票行動も、不確定要素である女性の投票を持ってくると、何となく納得されてくるのだ。