「檻のなかの子」を読む(2)
この本の著者トリイは、ケヴィン一家のプライバシーを考慮して、その家庭事情について詳しい説明を避けている。だが、ケビンの母親が義父に逃げられることを恐れて、そのいかがわしい行動を大目に見ていたことだけはハッキリと描いている。
義父がまず凌辱の目を向けたのは、ケヴィンの妹のキャロルだった。ケヴィンには二人の妹がいたが、下の妹はあまりにも小さすぎたから、義父はまだ7歳のキャロルに食指をのばしたのだ。ケヴィンは、治療者のトリイにこんな風に打ち明けている。
<「義理の父さんは、いつも酔っ払って帰ってきたんだ。それでときどき妹のキャロルをベッドからひっぱり起こした。ほら、妹に何かしたんだと思う。わかるだろ。いやらしいことを。ぼくはあいつがそういうことをやってたと思ってる。キャロルは恥ずかしくてそんなこといえなかったんだよ。ぼくにさえもね。・・・・一度あいつはバーバラ(下の妹)を起こしたこともあった。だけどたいていはキャロルだった。キャロルが年上だったからね」
彼は口をつぐんだ。
「一度、キャロルを病院に運ばなきゃいけないようなことがあった。あいつがキャロルを起こしたあとでね」(「檻のなかの子」)>
事態がついに悲劇にまで発展したのは、ケヴィンが12歳の時だった。ケヴィンの母は、息子が夫と話すことを拒否し、二人の関係が悪化していくのを見て、大事(おおごと)にならないうちに息子を児童福祉専門のグループ・ホームに預けてしまった。ケヴィンを預かったグループ・ホームでは、家族との関係が切れてしまうことを恐れて、少年たちを時々家庭に帰していた。ケヴィンもホームからの指示に従って帰宅したことがあるけれども、この帰宅期間中に彼は義父と衝突するのである。
義父はケヴィンを殴ってから、彼を掃除道具を入れておくクローゼットに閉じこめてしまった。息子が暗闇を怖がっていることを知っていたからだった。それから義父はケヴィンを妹たちの寝室に連れて行って、彼女らが見ている前で裸にして、ベットに大の字に縛り付けた。そして二人の妹に兄の性器に触らせて、キスをさせた。
ケヴィンはそのまま朝まで縛られていたから、堪えきれなくなって寝小便をする。妹たちは、その様子を眺めて笑わなければならなかった。笑わなければ、自分たちが殴られるからだった。その後で、義父はケヴィンを台所に連れて行って、息子が失神するまでフライパンで殴りつけた。
ケヴィンの母親はこうした騒ぎを黙ってみているだけだった。そして夫が家を出て行ってから、ようやくケヴィンの手当をはじめ、傷が医者に診てもらわなければならないほど大きいことを知ると、近所の者に息子が大怪我をしたことを知らせた。警察に電話したのも、近所の住人だった。警察官がやってくる前に、夫の不利になるようなものはすべて隠してしまった母は、駆けつけてきた警官を前にして夫を弁護し続けた。そのため、病院に運ばれた息子が緊急手術をしなければならなかったのに、義父は軽い罪に問われただけで済んだ。
義父がケヴィンの次に攻撃対象にしたのは、妹のキャロルだった。原作では、このときの様子を語るケヴィンの言葉をそのまま採録している。
<あいつはいった。「ケヴィン、来い」ってね。「おまえの妹が何をやったか見てみろ」って。妹は床におしっこをしてしまった。「おまえが拭け」って、あいつはいった。・・・・やつは、手を使って拭けといった。・・・・それから「(妹を)どう罰してやろうか、ケヴィン」って、あいつはいったんだ。母さんもその場に立っていた。あいつは、母さんに「戸棚からチリ・ソースをもってこい」といった>
義父は妻の持ってきたチリ・ソースを娘に飲ませようとしたが、キャロルは口を開けなかった。それで義父は、キャロルの体を両脚ではさんで、髪をつかんで、ぐいと後ろからひっぱった。それからキャロルの口めがけて、チリソースの瓶を振った。キャロルが悲鳴をあげる。ケヴィンも悲鳴をあげた。
ケヴィンは悲鳴をあげて、やめてくれっと叫んだ。母に対しても、なんで父を止めないんだと、叫んだ。ケヴィンは、義父に殴りかかった。義父は、殴りかかるケヴィンを片手間であしらいながら、腕の下に抱え込んでいたキャロルを離して、さあ床の上で小便をしてみろ、といった。おれがしろっていったらするんだといって、キャロルの服を脱がせて、さあ小便をしろ、と要求する。ケヴィンは語り続ける。
「キャロルがしゃがみこんでおしっこをしたら、あいつはキャロルを蹴り上げたんだ。強く、女の子の大事なところをね。で、こういったんだ。二度と床に小便をするなといっただろうが」
「キャロルは泣いていた。ぼくはやめてくれってあいつに頼みこんだ。両膝をついて。・・・・やめてくれたら、なんでもいうことをきくつて、必死になって頼んだんだよ。神様にも祈った。這いつくばって、頼んだんだよ」
そのうちに妹は、口の中に注ぎ込まれたチリソースを義父に向けて吐いてしまった。激怒した義父は、キャロルの上に馬乗りになって、その髪をつかみ頭を床に打ちつけた。
「ぼくは泣き声をあげて、やつにむかって叫んだ。でも母さんは、ただそこに立ってるだけなんだ。で、ぼくは母さんに叫んだ。キャロルを助けてよ! 止めさせてよ! でも母さんはただ立っているだけだった。で、こういったんだ。ほっときなさい。あんたの知ったことじやないでしょ、つて」
「あいつが立ち上がっても、キャロルは動かなかった。ただ横たわっていた。で、あいつはいった。これでおもい知ったか。これでこの家のボスがだれだかわかっただろう。この家のボスは床に小便をするようなガキじゃないんだってことが。字も読めねえようなガキじゃないってな、つて」
「あいつはキャロルを恥ずかしがらせるためにそんなことをいったんだ。キャロルは一年生を二度くりかえしていて、それでもまだ字が読めなかった。ぼくは、やつを殺してやりたいと思った。さあ、起きろ、とあいつはキャロルにいった。でも、キャロルはびくとも動かなかった。ただそこに横たわっているだけだ。血が出ているのが見えた。耳から血が流れていた」
「やつは、いくら怒鳴ってもキャロルが起きないので、レンジから鉄板を持ってきて、いったんだ。起きろ、キャロル、でないと本気で痛い目にあわせてやるぞ、つて。それでもキャロルは起きなかった。で、あいつはその鉄板をキャロルに投げたんだ。二度も」
「キャロルの脳みそが、ぼくのところまで飛んできたよ。・・・・母さんも見ていたんだよ。母さんは一部始終を見ていたのに、ただ、そこに立っていただけだった。ほっときなさい、あんたの知ったことじゃないでしょ、っていってね。何一つしなかったんだよ」
義父は、7歳2ヶ月になる娘を殺害したかどで逮捕され、懲役4年の刑を受けている。日本でも、義父が幼い子供を殺害する事件が頻発しているけれども、そのむごたらしい光景は、「檻のなかの子」に描かれているものと大差がなかったに違いない。
熊などの牡は、子連れの母熊と一緒に行動するようになると、まず、子供の熊をすべて殺してしまうという。自分の血を受け継いでいない子熊を排除しておいて、その後に自身の系統の子供を産ませるためなのだ。人間にも、そうした野獣の本能が残っているから、義父による子殺しという陰惨な事件が絶えないのだろう。
(つづく)