甘口辛口

水木しげるの怠け人生(その1)

2010/4/21(水) 午後 7:19

  (水木しげるの作品)

水木しげるの怠け人生


面白そうな世界があれば、ためらわずに首を突っ込んできたけれども、まだ、足を踏み入れていない世界がいくつかある。その一つがマンガの世界だ。

マンガに興味を持っているにもかかわらず、これまで手塚治虫やつげ義春の作品くらいしか読んで来なかったのは、全く、生理的な理由によっている。マンガを読んでいると、異常に目が疲れるのである。細かな活字で印刷されているミステリー本などを読んでいると、やはり目が疲れる。しかし、マンガを読んでいるときの目の痛みは、活字本を読んでいるときのそれを遙かに凌駕していて、目だけでなく頭の芯まで痛んでくるのだ。

だからブック・オフなどに出かけても、ずらっと並んでいるマンガ本に目をやっただけで引き上げてしまう。その補償行為としてなのか、テレビなどでマンガ家の評伝を取り上げているのを見ると、直ぐチャンネルを合わせてしまう。

そんなわけで、半年ほど前にNHKテレビで放映された手塚治虫に関する連続番組を全部見たし、最近では、やはりNHKテレビで取り上げた藤子・F・不二雄や水木しげるの人物伝を見ている。そして、それらの番組を通して知ったのは、人気マンガ家たちの恐るべき繁忙ぶりだった。

藤子・F・不二雄の夫人は、夫の様子を見に行くと、何時でもせっせとマンガを描いており、それ以外のことをしているところを見たことがないという。だから夫人は、夫の人生が何だったかと問われれば、こう答えるのだ。ずらずらと切れ目なく繋がっている何万枚かのマンガ原稿そのものが彼の人生だ、と。

実際、人気が出てくると、マンガ家たちは「マンガ家残酷物語」というしかない生活を送ることになる。彼らは、朝から晩まで一日中、ペンをを握ってマンガを描き続けるだけではない、実にしばしば徹夜をするのである。

水木しげるも、三日ごとに各誌の締め切りがやってくるので、締め切り前夜には徹夜をするのが例になっている。それで、彼はしみじみと述懐するのだ。

「徹夜をするのは、一日はいいけれど、二日続けてはだめですね。石ノ森章太郎や手塚治虫は、それをやったから亡くなったんです」

手塚治虫は、60歳で亡くなったが、水木しげるは88歳になっても、まだ、壮健で活躍している。これは、水木が二日続けて徹夜をしないというルールを守り続けたからだろうか。

インタビューに答える水木しげるの話を聞いていて、一番印象に残ったのは、「現世は、地獄だ」という言葉だった。彼は地獄という言葉を繰り返し口にして、「特に現代の日本は」と付け加えていた。かたわらに据わっていた夫人が、インタビュアーの思惑を気にして、夫をたしなめたほどだった。

現世は地獄だと言いながら、水木はけろっとした表情で、自分は幸福すぎるほど幸福だから、幸福機能を壊してしまっている日本人に幸福を輸出してやりたいというようなことを言うのである。そして、彼は、「周りからバカだの低脳だのと言われていたので、自分でもそう思っていたが、私は本当は頭がいいかもしれない、才能もあるかも知れない」といって、茶目気たっぷりの表情でにやっと笑ってみせるのだ。

水木によると、彼が輸出したいほど幸福になったのは、不真面目に生きてきたからだという。石ノ森や手塚は真面目すぎたから、早死にをしたが、自分は自分のルールを守って、不真面目にやってきたから生き延びたというのである。

夫人が結婚当座の貧しさを語ると、水木は、「それが今は、あっという間に巨万の富が出来てしまった」と茶化す。すると夫人は、「オーバーなことを言わないでよ」と夫の膝を叩いてたしなめる。夫人は、穏やかで静かな非常にいい顔をしていた。特に、微笑を絶やさない彼女の温顔がよかった。

私は、実を言うと、水木しげるのマンガを読んだこともないし、テレビ化された「ゲゲゲの鬼太郎」を視聴したこともない。そして又、現在放映中だというNHKテレビ小説「ゲゲゲの女房」をまだ見ていない。それで、水木という人間について感想を記したいけれども、それには彼に関する知識をもう少し増やす必要がありそうなのだ。

(つづく)