甘口辛口

麻生太郎の戦略

2006/9/27(水) 午前 11:36
今回の自民党総裁選挙を見ていて興味があったのは、麻生太郎の態度だった。三人の候補のなかで安倍晋三が断然優位に立っていたから、他の候補が当選しようとしたら安倍晋三を叩いてその票を奪い取らなければならない。ところが、麻生太郎は谷垣候補を攻撃して、安倍晋三を支えるという戦術に出たのである。

総裁選のおもな争点は、アジア外交と財政再建問題だった。谷垣はそのそれぞれについて安倍の政策に対抗する主張を掲げたが、麻生は谷垣を非難することによって、自らの政策が安倍のそれと一致することをアピールしたのだ。彼は、安倍の副官、安倍の補助者という立場まで敢えて身を落としたのである。その狙いは、一体、何だったのだろうか。

有能な政治家が、自分からナンバー2の立場に甘んじるには、二つのケースがある。

一つは、ナンバーワンが悪魔的なほどの政治的直感に恵まれ、とてもこれに対抗できないと萎縮してしまう場合で、毛沢東に対する周恩来、ヒトラーに対するゲーリングがこのケースになる。彼等が最後までナンバー2の地位に甘んじたのは、二人が毛沢東やヒトラーを内心で畏怖していたからだった。

もう一つは、ナンバー2が雌伏して力を蓄え、やがてナンバーワンに取って代わろうと考えたり、あるいはナンバー2がナンバーワンの信頼を得て権力の禅譲を期待したりするケースだ。田中角栄と竹下登の関係は権力奪取型だったし、小泉純一郎と安倍晋三の関係は禅譲型だといっていいだろう。

麻生太郎は、小泉内閣の閣僚を歴任しながら、ひそかに小泉による禅譲を期待していたかも知れない。だが、小泉は安倍を選んでしまったので、今度は安倍からの禅譲を期待することにしたのだ。麻生は安倍内閣の寿命をそれほど長くないと踏んでいたから、安倍と戦うより、安倍の次を狙う戦術を選んだのである。

巷間伝えられるところに依れば、麻生は安倍内閣が成立したら、幹事長に就任することを願っていたという。安倍も、麻生を取り込むために、それとなく彼に幹事長のポストを匂わせていたかも知れない。幹事長の有力候補だった中川秀直は、こうした気配を感じ取って大いに苛立ち、配下の議員を督励して情報を集めさせたといわれる。

安倍内閣の外相ポストを手に入れたにもかかわらず、麻生が終始不機嫌だったとされるのは、次期首相への足がかりになる幹事長になれなかったからに違いない。谷垣が冷や飯覚悟で安倍に敵対したのは、安倍が挫折したとき、自分に出番が回ってくると計算したからだ。麻生は、もしかすると自分も谷垣流の敵対路線を選択すべきだったと後悔しているのかも知れない。

佐藤栄作は、「自分が首相になれたのは、泥水をすするような思いを重ねてきたからだ」と告白したことがある。それほどまでにして、皆、首相になりたいのだ。何とも、ご苦労様なことである。