飯島愛というタレントの名前を覚えたのは、彼女がNHKの教養番組に出演したからだった。それは座談会形式で進められた番組で、数人の出席者の中に彼女も加わっていたのである。テーマは「熟年離婚」だった。
番組が終わりに近づいた頃、司会者が飯島愛に質問した。
「どんな男性と結婚したいですか?」
すると、彼女はけろっとした顔で、本音を語った。
「お金持ち」
出席者の中には、寅さんシリーズの山田洋次監督がいたが、飯島愛の言葉を聞くと、独語するようにこういった。
「それを言っちゃ、おしまいよ」
山田監督の言葉が、寅さんのセリフにそっくりでおかしかった。これ以後、私はバラエティー番組で飯島愛を見かけるたびに、「それを言っちゃ、おしまいよ」という言葉を思い浮かべるようになった。バラエティー番組には、俳優でも歌手でもなく、正体不明の女性タレントがよく顔を出している。そういうタレントがセレブと呼ばれる金持ちと結婚するケースが目立ち、彼女もそうした将来をねらっているタレントに見えたのである。
その飯島愛が引退することになり、「中居正広の金スマ」という番組にお別れ出演すると聞いて、チャンネルを合わせてみた。彼女が宿願を達して、金持ちと結婚することになったと思ったのである。だが、彼女は結婚するために引退するのではないらしかった。
「中居正広の金スマ」という番組は風変わりなものだった。中居という司会者がホテルのドアマンのようなきらびやかな制服を着ているのも珍しかったが、観客席に座っている娘達も全員が赤い制服を着ているのだ。そして、番組がはじまると、涙、涙のオンパレードなのである。飯島愛というタレントは、この番組の常連で、仲間内では姐さん株として信頼を集めていたらしく、皆が彼女との別れを惜しんで「本気で」泣いているのだった。介添えの男性アナウンサーまでが、泣き泣き送別の辞を読み上げるのにはびっくりした。テレビ欄の予告に、「**が号泣」などと記されていたりするけれども、実際に彼らが番組の中で声を上げて泣くことはない。だが、男性アナウンサーは本当に泣いていたのである。
この番組にも、「霊能者」なる者が登場して、飯島愛の未来を「透視」していた。細木数子や江原啓之の番組を見ていると、人間はどこまで愚かになりうるかという実例を見せつけられるようで憂鬱になるが、飯島愛を透視した女性霊能者は細木や折原に比べればマシの方だった。彼女は東北の田舎町で暮らしていて、檻から逃げ出したニシキヘビの居場所を予言したことで有名になったという。
この霊能者は、引退すれば2,3年後に後悔することになるから、引退を思い止まれと飯島愛に忠告していた。これは「透視」というより蓋然性の問題なのである。彼女は、人気者であることに煩わしさを感じたタレントの多くが、引退後、2,3年で復帰してくるケースを頭に置いて「予言」したのだ。
彼女はその翌週にも番組に出て、観客席の赤服娘のなかから希望する者を何人か呼び出して訴えを聞いている。
赤服娘の一人は、家にある雛人形に歯が生えてきて、それ以来、近親者の死が続いている。これは人形の祟りではないかと質問していた。スタジオの中に持ち込まれた人形の上唇の部分に、確かにマッチ棒の先端部のようなものが出ていたが、「霊能者」はそれは歯ではないし、肉親の死が連続したのも単に巡り合わせに過ぎないといって相談者を安心させた。細木や江原ならこれをネタに途方もないホラ話をでっち上げて相手の不安をかき立て、その後でありがたいご託宣を下すというところなのだが。
飯島愛は引き留める仲間達に感謝しながら、「本当は私、もっと狡いことを考えているの」とつぶやいていた。そして彼女は霊能者や、仲間の声を振り切るように引退してしまった。彼女の考えている「狡いこと」とは、何だろうか。ちょっと、興味のあるところである。